【イベントレポート】知られざる千里ニュータウン。そのつくり方を読み解く(10.27@京都)

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【イベントレポート】白熱討論!団地読み解きLIVE(10.26@東京)

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『PUBLIC DESIGN  新しい公共空間のつくりかた』特別対談

■イベントレポート
『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』特別対談

好評発売中の『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』の出版記念イベントを4〜5月に全国4カ所で開催しました。
著者の馬場正尊さんと、建築家・藤村龍至さん(東京会場)、greenz.jpの小野裕之さん(大阪会場)による対談レポートが、弊社とgreenz.jpのサイトにアップされています。
いずれも初の顔合わせで、建築家として、メディア運営者として「パブリック」について興味深い視点が提起されています。

○馬場正尊×藤村龍至
「パブリックをどう動かすか」
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/syohyo/back/2253.htm

○馬場正尊×小野裕之
「資本主義の先には、どんな未来があるんだろう? Open A代表・馬場正尊さんが、グリーンズ・小野裕之と考える、次の社会のつくりかた
http://greenz.jp/2015/06/19/public_design_talk_baba_ono/

●本の概要
『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』
馬場正尊+Open A 編著
四六判・224頁・定価 本体1800円+税

パブリックスペースを変革する、地域経営、教育、プロジェクトデザイン、金融、シェア、政治の実践者6人に馬場正尊がインタビュー。
マネジメント/オペレーション/プロモーション/コンセンサス/プランニング/マネタイズから見えた、新しい資本主義が向かう所有と共有の間、それを形にするパブリックデザインの方法論。

〈著者〉
馬場正尊 ── 建築 │ Open A 代表
木下斉 ─── 地域経営 │ エリア・イノベーション・アライアンス 代表
松本理寿輝 ─ 教育・まちづくり │ まちの保育園 代表
古田秘馬 ── プロジェクトデザイン │ umari 代表
小松真実 ── 金融・コミュニティ │ ミュージックセキュリティーズ 代表
田中陽明 ── クリエイティブプラットフォーム │ co-lab 代表
樋渡啓祐 ── 政治・行政 │ 樋渡社中 代表/前 武雄市

↓HPで詳しい内容を紹介しています
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-1348-1.htm
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◎PUBLIC DESIGNと一緒に読みたい学芸出版社の本
『RePUBLIC 公共空間のリノベーション』
馬場 正尊 著 Open A 著
退屈な公共空間を面白くするアイデアブック
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-1332-0.htm
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RePUBLIC 公共空間のリノベーション

RePUBLIC 公共空間のリノベーション

明日ラジオ出演!五十嵐太郎さん/イベントレポート・日埜直彦さん(『3.11以後の建築』)

【gd】

【 メディア&イベントレポート情報 】

《1》FMラジオ「サードプレイス」に五十嵐太郎さん出演!(2.4/2.11)
《2》「社会と建築家の新しい関係〜なぜ今、3.11を語るのか〜」イベントレポート
   by 日埜直彦(建築家・批評家)

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《1》明日の朝、ラジオに五十嵐太郎さんが出演されます!

ジャパンエフエムネットワーク「サードプレイス」に
五十嵐太郎さんが出演されます!

谷中修吾さんが聞き手となって、
『3.11以後の建築 社会と建築家の新しい関係』の本と展覧会を軸にしながら、
現在の建築の状況について語られます。

ジャパンエフエムネットワーク「サードプレイス」http://www.jfn.jp/

[日 時]2月4日(水)/2月11日(水)
     朝5時30分〜6時00分

[ネット局]
FM青森、FM岩手、FM秋田、FM山形、FM仙台、FM福島、FM群馬、FM栃木、K−MIX(静岡)、FM長野、FM富山、FM石川、FM福井、FM岐阜、FM三重、FM滋賀、KISS―FM(兵庫)、FM岡山、FM山陰、広島FM、FM山口、FM香川、FM徳島、FM高知、FM佐賀、FM長崎、FM熊本、FM大分、FM宮崎、FM鹿児島、FM沖縄
※東京エリアでのOAはありません。
※放送後にWEBで聴けるようになります。

《2》昨年12月21日に青山ブックセンター本店で行われたイベント、
「社会と建築家の新しい関係〜なぜ今、3.11を語るのか〜」
(出演:五十嵐太郎、芳賀沼整、鷲田めるろ、浅子佳英)http://bit.ly/1zXq5Qc

日埜直彦さんによる(建築家・批評家)イベントレポートを掲載しました!
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-2580-4.htm

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【 もうすぐ開催!おすすめイベント! 】
2月10日(火)19:30〜@スタンダードブックストア心斎橋
『本で人をつなぐ まちライブラリーのつくりかた』刊行記念トークショー
礒井純充・友廣裕一・領家誠・中川和彦
 ▽お申込みはお早めに!!
  http://www.standardbookstore.com/archives/66168657.html

【 はじまりました!2月のリツイートキャンペーン 】
桂離宮修学院離宮・仙洞御所』川瀬昇作著
下記リンクをリツイートするだけで抽選で1名様に1冊プレゼント!
http://bit.ly/18IAbNM

林業女子とモクフェス@松本

先日、長野県の松本、雄大なアルプスのふもとで行われた「モクフェス」というイベントに参加してきました。
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WEBで目にしたイベント、「モクフェス」。ワークショップや木工体験、子ども上棟式、そして全国の林業女子が大集合・・・?林業界若手がなにやら今面白い、と思いたち、とりあえず声をかけさせてもらったのが、林業女子会@京都の岩井有加さん。岩井さんは2年程前に「林業女子会」を立ち上げた、まさにその人です。

林業女子会とはその名のとおり、林業を女子が盛り上げようと結成された集まり。その動きは全国各地でじわじわと広まりつつあります。同じ京都ということもあり岩井さんに、「当日、会場で是非ごあいさつを・・・」とのメールを送ったところ、「車乗っけますよ?」と初めてのメールへの返事とは思えないありがたいお言葉をいただき、長野まで車に乗せてもらえることに。

そして当日。車には山口、兵庫、京都の林業女子メンバーが。皆さん行政や林業コンサル会社などで、林業にかかわるお仕事をされています。さらに広島からは『今日も林業日和』を書かれた、安田林業中島彩さん。林業に首をつっこんで間もない私が「へえー林業の現場で木を切ってる女子がいるんだなあー」とふんふん言いながら読んだ本。まさかいきなりご本人にお会いできるとは思ってもいませんでした。

そして。長野まで向かうその車内はまさに、とどまることを知らない“林業女子トーク”が繰り広げられました。飛び交うのは女子の黄色い笑い声、でも会話の中身は超ガテン系
「足袋ってスパイク付き使ってます?」
「雨のときは使いますね、やっぱ重機滑るんですよ〜」 
ずっとこんな感じです。何も知らない私にはとてもついて行けないディープな世界が。

そしていよいよモクフェス本番。会場のアルプス公園は初秋のとっても良いお天気で雲ひとつない快晴です。会場にはオープン前から若い親子連れや学生、おじいちゃんおばあちゃんまで、老若男女、黒山の人だかりが。

林業女子のブースでは、木のコースターづくり、木の椅子づくり体験を行いました。林業女子会@岐阜、栃木、静岡、東京のみなさんも加わり、ますます賑やかに。総勢15名もの林業女子が集まったのは、柳沢林業の原薫さんという方の呼びかけがあったからだそう。原さんも中島さんと同じく現場林業女子。林業の最前線、山にはいって木を切るお仕事をされています。それだけでなく原さん、実は女猟師でもあり・・・(くわしくはこちらの本を『女猟師』)。林業にかかわる女子といっても本当にさまざま。木こりで女猟師という音の響きからは、どんなにかたくましい女性を想像されるかもしれませんが、お二人とも小柄でほっそりとしたとっても美しい女性で私もびっくりしてしまいました。

林業女子の木のコースターづくりも順番待ちがでるほどの人気でした。椅子づくり体験ではさすが林業女子、チェンソーづかいやのこぎりの扱いは手慣れたもの。@岐阜のみなさんのチェンソーさばきにもほれぼれしつつ、出来上がった切り株のような椅子はほんとかわいいんです。
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そのほか積み木遊び、木工体験、手作りアロマ、子どもミニ上棟式・・・ロケーション抜群の見晴らしの良い小高い丘の上でさまざまな木との触れ合い方があり、盛況のうちに幕を閉じた今回のイベント。
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最後に皆さんに“女子だからこそ”って思う時はどんなとき?と聞くと、
「女子特有のこのからっとした感じは今までの林業界にはなかった。今回のように初対面でもすぐ打ち解けて、打ち合わせなしでもすぐにイベントが運営できて協力し合えるのは、やっぱり女子の才能だと思うなあー」
・・・そうでした。ネットでは交流があるものの、全国林業女子のみなさんがこうして一堂に会すのはなんと今回が初めてだったそうで。みなさん会った瞬間から旧知の仲のようにわいわいがやがややっていて、まるで初対面とは思えない雰囲気でした。

林業界はとても風通しが良くなってきているのではないでしょうか。そのなかでも、特に林業女子の存在は大きいと思います。例えば今回のようなイベントでも、小さな子どもたちや若いお母さんが気軽にのこぎり体験をしてみようと思えること。少し人見知りの子でも、林業女子が「やってみようか?」と声をかけると、首を縦に動かしてのこぎりを握ります。ゆっくりと自分のペースで、一生懸命のこぎりを動かして自分のコースターを作っていました。 “おねえさん”がいると少し敷居が下がるようです。
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いつもにこやかな林業女子会のみなさんですが、本当はとても真面目で博学。みなさん優しく丁寧に林業について教えてくれました。やはり今の林業には色んな問題が山積みなんだそうです。
TPPの問題なんて林業界じゃとっくの昔に起こってる。今の林業を見たらどうなるか明らかでしょう。」なんて言葉も。それでも50年、100年先の未来へと、元気な山をのこしていくことの必要性を感じているからこそ、林業女子の活動をされているのだそう。
「直接林業に関わりたいという人を増やしたいのではなくて、少しでも木のことを知ってほしいし、関心を持ってほしい。何年か後に、ちょっと思い出してくれるきっかけをつくることが大事」という思いは今回十分かたちになっていたのではないでしょうか。それでいて行動、実践に移す勢いも十分。一部の林業女子は若手林業ビジネスサミットやその他セミナーなども準備中のようでモクフェスが終わってもまだまだとても忙しそう笑。

私のような無知な人間にとっても、はじめて首を突っ込んだ林業の世界で最初に林業女子のみなさんにお会いできたことは、とてもありがたいことだったなあと感じています。何となく遠い存在だった林業をとても優しく、わかりやすく教えてもらえたことや、会ったこともない私に「車乗ってく?」といってくれるような間口の広さは、外の人間には本当に嬉しいものです。そして今回、林業女子の皆さんから仕入れたたっぷりの若手林業界のネタ。私も引き続き林業界若手の面白い動きを追いかけて行きたいと思います。
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連続トークイベント「カフェという場のつくり方」第3回 山納洋さん×西村佳哲さん×馬場未織さん(代官山蔦谷書店)

代官山T-SITEでの「カフェという場の可能性」には、雨の降る中、約50名の方にお集まりいただきました。会場の代官山蔦屋書店は、昨年12月にオープンした「文化の森」。本、映画、音楽が集まる3棟を世界の雑誌を並べた「マガジンストリート」が貫き、本に囲まれたラウンジやカフェでは店内の書籍をゆっくり読むことができます。そんな本好きの天国のような書店のカフェスペースで、今回のトークイベントが実現しました。

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山納さんと西村さんのつながりは、山納さんがメビック扇町時代にワークショップをお願いされたことが始まりだそうです。その後、奈良県図書情報館でお二人のトークセッションをもたれています(詳細は『自分の仕事を考える3日間Ⅰ』を参照)。今回は西村さんに「聞き役」として様々なお話を引きだしていただきました。

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馬場さんは、ご自身が代表を務めるNPO南房総リパブリック」が目黒区洗足にカフェを出そうとしたときに、メンバーと一緒に図面を持って山納さんに相談に行かれたそうです。山納さんの「これならいけますね」の一言が馬場さんたちの背中を大きく押したとのこと。山納さんは「カウンターがあった方が良い」「カウンターには野菜を並べてお客さんとの距離をとるのではなく、コミュニケーションの場に」とアドバイス。これが「大正解でした」(馬場さん)。

後半は、馬場さん、山納さんに、カフェの運営などの活動を通して見えてきたことをお話しいただきました。馬場さんがカフェを続けるポイントとして「お客さんの声を拾いあげていくこと」を挙げられたこと、山納さんがモチベーションのありかとして「自分よりもカフェをやりたい人、場所さえあればすぐにでもカフェを始められる人と一緒に店を回していくのを楽しんでいる」と言われたことが印象的でした。ちなみに、馬場さんによると山納さんの前著『common cafe』は具体的な店舗運営のデータまで載った「バイブル」で「これなしでは洗足カフェはできなかった」そうです(開業志望者は必読!)。

今回もトーク後のサイン会には長蛇の列が。開業・場づくり志望の方が多く、個別相談会の趣きでした。

ご好評をいただいた連続トークイベントはこれで一旦終りですが、今後も企画の芽がありますので、請うご期待!イベントを主催してみたい方からのご連絡もお待ちしております。

連続トークイベント「カフェという場のつくり方」第2回 山納洋さん×アサダワタルさん(ジュンク堂書店大阪本店)

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山納洋さんとアサダワタルさんのトーク「人がつながる場のつくり方」も大いに盛り上がりました。

お二人の出会いは、アサダワタルさんが南森町で展開されたプロジェクト「208」 のトークイベント「Showcase」で山納さんがお話されたことがきっかけだそうです。(プロジェクト「208」ほかアサダさんの活動については6月の「Gakugei Cafe」で詳しく紹介されています)

「208」の活動から「プライベートな場から生まれる公共性」の探求に向かわれたアサダさんと、OMSにおられた時に「文化施設としてのカフェ」の可能性に気づき、「カフェという場のつくり方」に向かわれた山納さん、話題は自然と「住み開き」と「閉じてゆくカフェ(「店閉じ」という造語も登場!)」の間に集まっていきました。いざとなれば「ここ私の家ですから」と伝家の宝刀を抜ける「住み開き」と、常連客を獲得して「上がり」の状態になり「おうち化」していくカフェについて、さまざまな事例を交えて紹介されました。

後半は「イノベーションの場づくりとそこからの卒業」について。起業家のシェア活動からマンネリ気味の(山納さんいわく「毎日同じことをしていてゲシュタルト崩壊が起きそうな」)喫茶店まで、極めて現実的なお話でした。

今回も、トーク後のサイン会には長蛇の列が。
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会場であるカフェスペース隣の建築・まちづくりの棚では「カフェ&コミュニティデザイン」フェアを展開されていました。
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連続トークイベント、最終回(9.6)は西村佳哲さん、馬場未織さん「カフェという場の可能性」です。お楽しみに。

連続トークイベント「カフェという場のつくり方」第1回山納洋さん×山崎亮さん(紀伊国屋本町店)

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山納洋さんと山崎亮さんのトークイベント「カフェという場のデザイン」(紀伊国屋書店本町店)は、「本町店史上最高記録」の大盛況でした。前週に急遽定員を増やしたのですが、当日も店内のお客さんが集まってこられて立ち見状態に。

「山納さんは関西の異分野の方の中で一番お世話になった人。山納さんからのお話は必ずお受けするようにしています」と語られる超ご多忙の山崎さん。お二人の出会いは2002年、梅田高架下のクラブ「DAWN」(今は「noon」)で開催されたプレゼンイベントで、山崎さんが堺の『環濠生活』について発表されたのがきっかけだそうです。「そのプレゼンがあまりにも面白かったので、僕がメビック扇町に行った2003年以降、何度も講座やカンファレンスにご登場いただいた」(山納さん)とのこと。

その後話題はコモンカフェ海士町との関わりや、ご両人の関わるコミュニティの「開き方」と「閉じ方」、コミュニティからの離れ方、六甲山カフェの課題と今後、出版裏話など多彩に展開。「まちでばったり会った時に3分で打合せ」されたとは思えないほど、長年の友人ならでは息の合った対談でした。

山崎さんが「コモンカフェ」と「有馬富士公園」のプロジェクトについて、日替わりで「店主/ホスト」が人を集めるという共通点を指摘されたのが、目からウロコ。コミュニティの開き方、閉じ方のテーマと合わせて「場のデザイン」の深みを垣間見た一時間でした。

トーク終了後のご両人によるサイン会には長蛇の列が。結局1時間弱に及びました。
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連続トークイベント、次回(8.23)はアサダワタルさん@ジュンク堂大阪本店「人がつながる場のつくり方」です。お楽しみに。

【新刊案内】歴史に学ぶ減災の知恵、【 HP 更新】バルセロナ旧市街の再生セミナーレポート

新刊のご案内とHP更新のお知らせ
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◎歴史に学ぶ 減災の知恵:建築・町並みはこうして生き延びてきた
 四六判・200頁・定価2100円(本体2000円)
 ISBN978-4-7615-2532-3
 2012-06-15

歴史的な町並みには、統一感のある美しさがある。しかし一方で、これらは、自然災害から身を守り暮らすなかで、工夫し、積み重ねてきた知恵の結晶とも言えるものだ。地震、火災、水害、風害等に対してうまく防御する技術がない時代に、それらを受け流すことで生き延びてきた昔の人たち。震災後の今こそ、その知恵に学びたい。

本書の詳細&ご注文はこちらから。
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-2532-3.htm
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バルセロナ旧市街の再生
 −個別・小規模な環境整備から拡がるまちづくり

5月の都市環境デザインセミナーでは阿部大輔さんにお話いただきました。その岩切レポートがまとまりました。
http://gmark.jp/event/0517JUDI_4/report
フルレポートもそのうち公開できます。

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『都市環境デザインのすすめ〜人間中心の都市・まちづくりへ』
http://bit.ly/KVTNiP

セミナーレポート掲載(3月、4月)

3月、4月セミナーのレポートを掲載しました
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■岩切江津子のセミナーレポート
 学芸出版社の新人・岩切さんによる、セミナーのレポートです。
 キモがさくっと分かると評判です。

・「不完全プランニングのすすめ〜風の人からの提言〜」
http://gmark.jp/event/0330JUDI_2/report
・「プランナーとプレイヤーの両立は可能か?〜尼崎からの発信〜」
http://gmark.jp/event/0420JUDI_3/report

 いいね、ツィートをお願いします。
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◎2012年度第3回都市環境デザインセミナーご案内
 バルセロナ旧市街の再生−個別・小規模な環境整備から拡がるまちづくり
報告:阿部大輔

日時・場所
 ・2012年5月17日(木曜日)
 ・6時15分開場  6時30分開演  8時30分頃まで
  CITE(大阪市都市工学情報センター)会議室
お申し込み&詳細
http://www.gakugei-pub.jp/judi/semina/s1205/index.htm
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◎『都市環境デザインのすすめ 〜人間中心の都市・まちづくりへ』
                       報告:中野恒明氏
□日時/場所/会費
 12年6月6日(水曜日) 18時00分開場、18時30分開演〜20時30分頃まで
 東 京 文京区シビックホール会議室1(3階)
 資料代(参加費) 1000円 定員 90人
○詳細&申込み
http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1206naka/index.htm

「都市をつくる仕事」の未来に迫る Crosstalk #2「まち飯」の面々−いま、都市をつくる仕事に、もの申す。

「都市をつくる仕事」の未来に迫る Crosstalk
#2「まち飯」の面々−いま、都市をつくる仕事に、もの申す。

http://gmark.jp/event/1204ima2/report02.htm

(ゲスト)
まち飯 3名

いま都市 3名

  • 穂苅耕介(京都大学大学院)
  • 塩山沙弥香(財・兵庫丹波の森協会)
  • 依藤智子(株・総合計画機構)

◎まち飯×いま都市

“「まち飯」の面々 - いま、都市をつくる仕事に、もの申す。”と題して開催された第2回目のクロストーク。ゲストは京都でまちづくりに携わっておられる若手グループ、「次代のまちを考える会」(通称:まち飯)から谷さん、深川さん、江藤さんに来ていただきました。まち飯の皆さんは普段から、「いかにまちづくりで飯を喰うのか?」をテーマに勉強会や講演会をされています。彼らに“もの申された”のは『いま、都市をつくる仕事』という本をつくりあげた、「日本都市計画学会関西支部・次世代の「都市をつくる仕事」研究会」(通称:いま都市)の、穂苅さん、塩山さん、依藤さんです。まち飯の皆さんと同じく、関西でまちづくりに関わっておられます。

まち飯  (左から)深川さん、江藤さん、谷さん
いま都市  穂苅さん、依藤さん、塩山さん

プロレスの入場テーマと共に登場したまち飯メンバーのテンションの高さに引っ張られて、会場もすぐに盛り上がり、初めのうちは和気あいあいといった雰囲気で議論がスタートしました。しかし議論は序盤から多くの参加者が活発に議論を交わし合い、今回登壇した6人にとどまらず会場中に意見が飛び交うとても活気溢れるものに。気づけば終了予定時刻を30分オーバーしても収束しないほどに白熱しました。

今回まち飯の皆さんがいま都市のメンバーに投げかけたテーマは「いま都市は、次の都市をつくれるのか?」というもの。わたしはこの掴み所のないテーマに最初からつまずいてしまい、前半は内容を理解し、議論についていくのに必死でした。しかし後半、話が進むにつれてようやく議論の主旨がわかってきました。それはやはり、まち飯最大のテーマである「まちづくりで飯が喰えるのか」でした。

◎「都市をつくる仕事」とはどう定義され、どこで線引きされるべきなのか

前半はまず、思考実験として八百屋さんを例に挙げ、「都市をつくる仕事」の定義について議論することに。野菜を売るというのが八百屋さんの本来の仕事ですが、例えばAさんは八百屋として働きつつ、趣味や副業として陰ながらまちづくりに携わる。いっぽうBさんは、地域の人たちに無農薬野菜の勉強会や料理方法を提供したりする新しい八百屋として、八百屋という本職自体をまちづくりの実践の場にする。では「都市をつくる仕事」に当てはまるのはどちらなのか。一方だけなのか、それとも両方なのか?そもそもこの議論以前に、昔の八百屋の頑固親父は“まちづくり”なんて言葉を出さなくても、いい野菜を売り、地域のための場をつくり、まちに貢献していた。今だってこの頑固親父のように自覚がなくても都市に貢献している人もたくさんいるはずだが、そういう人たちは「都市をつくる仕事」に当てはまるのか?

医者や弁護士のように資格が必要なわけではなく、ミュージシャンや画家のように自らが名乗ることで確立される地位もない、わかりやすいロールモデルがないのが、「都市をつくる仕事」。それが一体何なのか、だれも明確に定義できないでいることにもやもやしているのは、まち飯の3人だけではないと思います。さらには「仕事」「都市計画」「まちづくり」といった議論に出てくる様々な言葉自体も、あまりに広義な意味をもつ言葉であり、個々で食い違う言葉の定義がますます話を複雑にし、議論は空中戦に。

◎自分が八百屋になりたいか

しかし後半になって、ようやく話が見えてきました。宙に浮いていた議論はしだいに、プレイヤーとしての八百屋、それを支援する立場としてのコンサル・行政という、2つの立場に焦点をあてたものに着地しはじめました。議論が核心に迫るきっかけとなったのは、自身がプレイヤーになりたくないと思っていることに“後ろめたさ”を感じるといったまち飯・江藤さんの言葉だったように思います。「地域の課題解決の手助けをしたいけど、自らが八百屋になりたくはない。でも八百屋になりたい人がたくさん生まれる仕組みをつくりたい。」その言葉から、「まちづくり」で喰えない“今の社会へのもどかしさ”が、まち飯の原動力となっているように感じました。

一方、いま都市のメンバーは『いま、都市をつくる仕事』に紹介されていたまちづくりの第一線で行動している人々、その“プレイヤーへの共感”が原動力であるという印象を受けました。“先が見えないからあきらめるのではなく、とにかくやってみる”というプレイヤーの体当たりな姿勢に強く共感した人間が集まり、より多くの人を巻き込んで活動の輪を広げていきたいというモチベーションが、そのまま一冊の本になったのだと思います。

「まち飯」と「いま都市」それぞれが見ている方向が少し違うために議論は平行線を辿り、結局八百屋の定義づけも、まちづくりで飯が喰えるのかも、次の都市はつくれるのかも、答えは出せず(出さず?)終いでしたが、今回、お互いが相手に対して抱いていた多くの問題意識を何とか共有し合って議論は幕を閉じたのかなと思います。

◎「自分発信」というこころもちが大事

今回のクロストークは、プレイヤーであること、支援者であることの意味について改めて深く考える良い機会となった気がします。議論の中盤に、「お互い同じ目的を持ちつつも全く異なる立場であるからこそ、両者が“自分発信で課題に向き合う”ことが大切」という意見がでました。プレイヤーは否が応でも「自分発信」ですが、支援者はそうではありません。「まちを面白くしたいと思っている自分ありきの発信」という健全な姿勢を忘れて、あの人が困っているから助けないといけない、というように、押し付けがましい誤った使命感を持つこともできてしまいます。だからこそ「自分がしたいことをしている」という自覚は、プレイヤーだけでなく支援者の側に大事な気持ちだと思いました。

個人的にはこのことを、先日参加したプラス・アーツの永田宏和さんの講演会で聞いた「作法」の話に繋げて考えました。「風の人、土の人、水の人、それぞれが作法をわきまえなくては、まちづくりは成功しない。」でしゃばりすぎず引っ込みすぎず、それぞれが自分の持ち回りを全うするだけで十分、余計な介入はかえって逆効果になってしまう、というこの話のように、それぞれが作法をわきまえていれば、まちづくりに関わる人同士が相手に対して、あるいは自分に対して後ろめたさを感じることなど無いのではないかなと思いました。

第2回目のクロストークは、参加者がたくさんの問題意識を共有できた回となりました。次回第3回は「都市・まちづくり学入門」を執筆された「新しい都市計画教程研究会」(通称:なる都市)委員長の近畿大学総合社会学部教授・久隆浩先生をはじめとする「なる都市」チームを迎えます。多くの人を巻き込んで盛り上がったクロストークもいよいよ次で最終回、今回共有された若手の問題意識が、「なる都市」の先生方にどんなかたちで消化させてもらえるのか、とても楽しみです。

岩切江津子

◎参加者のレポート

今回のクロストークのゲスト「まち飯」は「まちづくりで飯を食べていきたい!」という問題意識をもとに勉強会や、都市計画・まちづくりの実務家の講演会開催など、僕たち「いま都市」メンバーとの関心と近いと
ころで活動されており、今回のこのコラボ企画は単なる議論を越えた、新しいネットワークづくりになったと思います。 まず、まち飯メンバーから、いま都市への申したてとして、①どこまでが、「いま、都市をつくる仕事」か? ②さらに、次の都市をつくる仕事とは? ③都市をつくる仕事を支える仕組みとは? の3点を提示され、それぞれについてパネリストだけでなく、会場全体を交えた熱い議論が交わされました。

①どこまでが、「いま、都市をつくる仕事」か?

最初は、まち飯メンバーが、どうやったら八百屋が「いま、都市をつくる仕事」の本に載せられるのかを事例として、都市をつくる仕事の境界線について議論しました。

  • アフターファイブでまちづくりをしている八百屋? 
  • 自分で育てた野菜を提供する八百屋? 
  • こだわり野菜を販売する八百屋? 

などなど、様々なシチュエーションの八百屋について想像をめぐらせていました。僕自身は八百屋の形態を中心にいろいろ考えていましたが、八百屋のオーナーが持つパブリックへの広がりや意志が「都市をつくる仕事」になり得るという、会場からの意見には大変納得ができました。これに続いて、「仕事」についても様々な議論がありました。会場に来られていた應典院の秋田住職は、「仕事には、ライスワーク(食うための仕事)と、ライフワーク(生き様としての仕事)の2種類に分けられる」というコメントは大変興味深かったです。また、いま都市の書評を執筆してもらった京都市景観・まちづくりセンターの杉崎さんからの、「仕事という言葉にとらわれるなという」コメントは、「いま都市」メンバーの共通認識を的確にくみとってもらえたと思います。確かに「仕事」というと、生活のためにお金を稼ぐことをイメージしがちですが、『いま都市』で対象としている「仕事」は、都市に対する生き様そのものであり、それが結果として対価を得ている人々だったのではないかと思います。「いま、都市をつくる八百屋」から始まった、都市をつくる仕事の境界線について議論では、仕事を通じてパブリックへ開けることの重要性や、生き様としての仕事の意味を考えるきっかけとなり、そうした意志をもって仕事に取り組んでいきたいと思い、仕事への前向きな気持ちをもって議論をしめくくることができました。

②さらに、次の都市をつくる仕事とは?

さらに、次の都市をつくる仕事について、会場から、いま都市メンバーの杉本さんが「都市をつくる仕事をつくる仕事(支援する仕事)」についての紹介を引き合いに、会場から様々な議論が展開されました。全体の議論を通して、「都市をつくる仕事をつくる仕事」への広がりや、「都市をつくる仕事をつくる仕事」への期待を感じることができました。
また、これまで担ってきたとされるコンサルタントの役割や職能像についても議論が広がっていきました。「いま都市をつくる仕事をつくる仕事」の担い手として、コンサルタントだけでなく、NPO、行政、市民活動団体等の他の様々なセクターを含めた議論についても進めていきたいと思いました。

③都市をつくる仕事を支える仕組みとは?

都市をつくる仕事を支える仕組みについて、「さらに、次の都市をつくる仕事とは?」での議論と同様に、コンサルタントの職能を事例に、活発な議論が交わされました。
コンサルタントで働かれているパネラーの江藤さんからの「このままではコンサルタントは飯を食っていけない!」というコメントに、同じコンサルタントで働く方々や、コンサルタントと一緒に仕事をしている人を中心に、たくさんの意見が出てきて、まさにこの業界ならではの切実な悩みを垣間見ることができました。その中の意見として、単に仕組みについて議論するだけでなく、プレイヤー的にやらないと説得力をもたないといったことについては、なるほどなと思いました。このことは、ちょうど『いま都市』で載っている、コンサルタントの泉さんが、大阪の水辺で社会実験としてやってみせてから、公共空間等の仕組みをつくっていったという事例があります。このように、『いま都市』は、都市をつくる仕事で悩んだ時の様々なヒントが隠されているのだなと再確認し、もう一度、深く読み進めていきたいと思いました。
また、コンサルタントの職能像については、「本当に従来のコンサルタントでは飯が食えないようになるのか?!」といった点で、もやもやした感もあり、「いま都市的コンサル」について改めて議論する場が必要だと感じました。

今回のクロストークでは、私たちが『いま、都市をつくる仕事』で議論してきたことについて、メンバー内でつめきれなかった論点を、クロストークの場でより深めていくことができたと思います。一方で、今回のクロストークだけでまだまだ議論しきれなかった点や、逆に、議論を深めることであやふやなになった点もありました。しかし、ただ考えるだけではなく、都市をつくる仕事について日々考えながら、自分なりの都市をつくる仕事の実践を積み重ねること。そして、自分なりの都市をつくる仕事を実践し、それをまた、お互いの立ち位置を確認し合いながら、様々な人と議論しあっていく。こうした議論と実践の積み重ねが、「いま、都市をつくる仕事」をより深めていく方法ではないかと思います。今後も、まち飯メンバーとは、語り合いながら、「都市をつくる仕事」を一緒につくっていけたらと思います。

大阪大学大学院工学研究科 石原凌河

第2回都市環境デザインセミナー「不完全プランニングのすすめ〜風の人からの提言〜」

(ゲスト)
株式会社iop都市文化創造研究所代表
NPO法人プラス・アーツ理事長
永田宏和さん

http://gmark.jp/event/0330JUDI_2/report

今年2回目の都市環境デザインセミナーでは「イザ!カエルキャラバン」や『地震イツモノート』など数々の防災や社会教育プログラムを仕掛けている、株式会社iop都市文化創造研究所代表でもありNPO法人プラス・アーツ理事長の永田宏和さんのお話しを伺いました。福祉やまちづくり、防災などの堅苦しく思われがちな社会的事業をアートやデザイン、建築とのコラボレーションによって、肩の力を抜いて楽しめるような仕組みをつくるお仕事をされています。

会場は学生から行政の方まで幅広い年齢層、満員です!JUDIの鳴海邦碩先生はプラス・アーツの理事もされています

「不完全プランニングのすすめ」というのが今回のテーマでした。これは、脇が甘くてスキだらけの提案こそ地域住民をやる気にさせ、彼らの愛情や思い入れを獲得できるというものです。今回、永田さんのお話の中には沢山の事例やエピソードが出てきましたが、どれにも共通して考えさせられたのは、まちづくりに携わる人にとっての様々な立場での「リアリティ」についてです。

◎まちづくりのリアリティ

最も大切なのは、地域にすむ人々がまちづくりにリアリティを持つことです。まちづくりはパッケージングされた完成形を与えていくら住民を楽しませても、主体性を持って取り組む余地がなければ、その成果が地域に獲得されることはありません。永田さんのようなまちづくりを仕掛ける種を運ぶ人を「風の人」、地元住民を「土の人」、地域を見守りながら育てていく中間支援としての立場を「水の人」と言い当て、特に「水の人」の重要性について話されました。大阪カンヴァス推進事業のプログラムとして此花で行われた、「どんどこ!巨大紙相撲」。1年目に大成功をおさめたにも関わらず継続させることができなかった最大の理由は、「水の人」を見つけられなかったことにあるそうです。「強度のある優れたコンテンツを用意しても、たった1人が欠けるだけですぐに崩れてしまう。地域にも住民にも、自分ごととしてのリアリティのないまちづくりは脆いもの」という苦言も呈されていました。逆に現在手がけている「ふれあいオープン喫茶」の事例では、高齢者と子どもを引き合わせるだけでなく、子どもたちがかわいいユニフォームを着て店員をやりたいという純粋な楽しさをうまく引き出して、ものごとを良い方向へ連鎖させていく面白さを語ってくださいました。その他にも興味深かったのは、不完全プランニングの代表例として挙げられたインドネシアでの防災プログラムの事例です。日本の防災教育が海の向こうで生き生きとローカライズされていく過程を紹介し、まちづくりは型にはめすぎず、地域固有のリアリティをもつことが大切だと教えられました。

もうひとつは、作り手のリアリティについてです。永田さんが手がけた『地震イツモノート』で、イラストを依頼されたデザイナー・寄藤文平さんは、自身が経験したことのない阪神大震災に対しての「リアリティ」を持てず、なかなか絵を描く気になれなかったそうです。そこで永田さんは寄藤さんを神戸に呼びだし、語り部のお話を聞かせ、起震装置で揺れを体験してもらいます。そうして寄藤さんはようやく絵が描けるようになったというお話がありました。

◎ものとしてデザインすることの意味

また今回のお話では、「デザインの重要性」についても語ってくださいました。住民がリアリティを持つ為に必要なもの、それを引き出すのがデザインだと話してくださいました。例えば防災や防犯といったあらゆる社会教育プログラムなどは、敬遠されがちだけれど、大切なテーマです。しかし楽しくなければ関心をもたれにくいものです。そんな主体性や共感を誘い出すのに役に立つのがデザインであるというのが永田さんの考えです。永田さんが「かえっこバザール」などで実践されているのは、おもちゃ欲しさから子供たちが知らず知らずのうちに防災を身体で覚えていく「仕組み」自体をデザインすることです。防災教育に対する無関心を、遊びという子供にとっての唯一のリアリティで克服しています。そして、ものとしてデザインすることの重要性も同様です。こどもがよろこぶエプロン、ふっと笑いがこぼれるようなキャラクター、わくわくさせる会場デザイン。デザインでプロジェクトをブランディングしてあげることが大切で、色やかたちがふと目を惹くデザインは、受け手の感覚がその色やかたちに瞬時に共感し、その取り組みに興味を持つきっかけを生むための装置と言えます。防災訓練を子ども達が「やらされてる」ではなく「やりたい」と思うか、これは訓練をする意味に大きく影響します。防災訓練だけでなく紹介された事例はどれも様々な形で多くのデザイナー、クリエイターが関わり、しっかりクオリティコントロールすることを心がけておられました。永田さんの事業はどれも”きっちりデザインに手間をかけること”を惜しみません。贅沢だ、必要ないと軽視されがちな「ものとしてデザインすること」がいかに大切か、多くの魅力的な事例で私たちに教えてくださいました。有名なクリエイターの方々も社会的な事業だと説明すればその趣旨に共感し、とても協力的に関わってくださるそうです。

◎風の人、土の人、水の人、それぞれの「作法」

そして最後に、まちづくりの担い手のリアリティです。「風の人、土の人、水の人、それぞれの「作法」が大事であり、お互いの立場をわきまえた役割分担が肝心。それが崩れてしまうとプロジェクトはうまくいかないが、逆に役割を演じきったらうまくいく。それぞれが出すぎず引っ込みすぎず、リアリティを持てる範囲で自分の役を全うすることが重要」と教えていただきました。最後に若い世代やまちづくりに携わる人にむけて、「作法をわきまえること」と「現場を知ること」の大切さを説いてくださいました。みなさんは風の人、土の人、水の人どの人ですか?と投げかけられた言葉は、これまで様々な地域で実践を繰り返され多くの困難を乗り越えてきた永田さんだからこそ、「作法」を知ってほしい、わきまえてまちづくりに携わってほしいという想いが真摯に伝わってくる問いでした。

永田さんのお話に引き込まれたあっという間の二時間でした。数多くの事例は、まちづくりにいかに楽しさを生むかの試行錯誤の連続であり、永田さんの数々の面白いこぼれ話に会場の人が笑うと、そのプロジェクトが今この会場の人をも強く惹き付けているのがわかりました。まちづくりという実態のないものに携わるからこそ、人々がそこで得られる「楽しい」や「嬉しい」という感情をとにかく大切にされているのだという印象を受けました
今回のお話を聞いて、私自身もたくさんの人に、地域に関わることは決して義務でも、正義でも、必然でもなく、もっと肩の力を抜いて純粋に楽しむことを考えてほしいと感じました。

岩切江津子

「都市をつくる仕事」の未来に迫る Crosstalk「#1文山達昭と「いま都市」な人々」イベントレポートをUPしました!

◎「都市をつくる仕事」の未来に迫る Crosstalk
#1文山達昭と「いま都市」な人々

イベントレポート
http://gmark.jp/event/1204ima/report01.htm
『いま、都市をつくる仕事 未来を拓くもうひとつの関わり方』
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-1293-4.htm

(ゲスト)
文山達昭(京都市都市計画局)
魚谷繁礼(魚谷繁礼建築研究所
梶隼平(京都大学大学院修士課程)
鄭英柱(尼崎市都市整備局)

 都市・建築の思想を学び,建築設計の仕事を経て,現在,京都市役所で都市計画に携わっている文山達昭氏と3名の都市に関わる人々のトークセッションというかたちで行われた第1回目のクロストーク. 

  1人目の対談相手は,京都で建築設計事務所をされている魚谷さん.建築単体のデザインだけではなく,その先にある「都市の構造」に目を向ける魚谷さんと,行政としてまちのルールづくりに携わる文山さんとの2つの視点で,長い目でみた都市をどう考えていくか,議論を交わし合いました.2人目の京都大学大学院の梶さんとは,いま改めて都市とは何かを問い直すことをテーマとした梶さんの修士論文を軸に,都市を語る際に必要な「思想」について語り合ってもらいました.3人目は尼崎市の都市計画局で働かれている鄭さんです.行政といえども,京都と尼崎という二つの地域で全く異なる意識や価値観をもつことや,行政が負うべき責任についての意見交換となり,3部構成の内容は多岐に渡り,大いに盛り上がりました.   

 最後は車座になり参加者全員で自由に語り合う場に.設計をされている参加者の方から,行政と設計者が理解を深める機会が欲しいという意見や,行政の方から,一人ひとりの住民の思いを集めた道路計画と都市計画上の理想的な道路計画との差を感じた体験談など,現場で働かれている方のさまざまな声が上がり,活発な議論の場となりました. 

◎参加者のレポート

 今回のクロストークでは,行政マン,大学教員,コンサル,設計者,学生と,本当に多種多様な方々が参加されていました.それぞれの立場の方がそれぞれの場所で,都市という大きな見えないものに対する畏怖や戸惑いを持っていて,厳しい言葉もたくさん飛び交いました.それでも一度も険悪なムードにならず終止和やかだったのは,それぞれが持つ都市への「愛着」を理解し,お互いの意見を真剣に受け止め,新しい何かに近づきたいという意志だけはしっかり共有できていたからだと感じました.

 「一般市民の多くは,まちや都市計画に無関心」という尼崎市職員の鄭さんの苦い言葉に会場が沸きました.私もその大多数の市民になるはずが,大学で建築設計の課題に取り組み,新しいものを生み出すときには必ず代償として犠牲となるものや変わってしまう風景があり,建築は単体として存在しないことを考えざるをえなくなりました.その経験からも興味深かったのは最初の魚谷さんと文山さんの対談です.

 お二人はこれらの制約さえも味方にしてしまい,自らのフィールドに引き込んで都市を創造しようという立場で共通の視点を持っていて,既存のルールを常に疑う姿勢を持っておられました.一時の個人の利害に拠らず,長い目でみた都市を考えるときにどうしても必要になるのがルールであり,一方でルールからこぼれ出るところがいちばん大切という文山さんの言葉が印象的でした.都市をつくる側の少数派として考えれば,建築家と行政の距離はそれほど遠いものではないと思わせてくれる対談でした.

 2人目の梶さんは,自身の修士論文をもとに,都市を根本的に見つめなおすために必要なのが「思想」であるというテーマで話されました.対談の最後,4月から,設計組織で働かれる梶さんに向けて,文山さんが「常に揺れている存在でいること」が大切だとアドバイスされていました.「思想」を持ち続けることが難しい実社会に出て行く学生に向けた,「そういう人間がそういう場所にいることが大切だ」という言葉には,会場中が共感していたように思います.

 3人目の鄭さんの「両方正義」という言葉は,この回の論点を集約したような言葉でした.鄭さんの言葉は,長年行政という立場でまちに関わってきたからこそ言える,より実情に即した市民目線の意見が多いように感じました.

 参加者の議論で出てきた現場の方の言葉は一言一言が重く,とても実感のこもったものでした.それが新鮮であったのと同時に,都市をつくる立場の人間でさえ「コミュニケーション不足」であることを痛感しました.都市に生きる様々な立場の人たちが,唯一解ではなく最適解を探って意見を交わし合う場を持つことこそが,あの場に居合わせた方々にとっての現段階での最適解なのだと思います.このような意見交換ができる場が,都市の使い手である市民も交えて,これからももっと広く行われていって欲しいです.

岩切江津子(編集部)

「都市・まちづくり学入門」セミナーに参加して

◎「都市・まちづくり学入門」セミナーに参加して
http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1201hisa/iwa.htm

『都市・まちづくり学入門』〜成る都市計画・まちづくりとは
久隆浩+新しい都市計画教程研究会
http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1201hisa/index.htm

 正直なところ、予備知識もそれほど無い私が今回のようなセミナーに参加することには若干の不安もあったのですが、セミナーを聞き終えたときには、その不安は消えていました。本に出てくる「結果自然成」ということばどおり、まちづくりは専門家の方々の学問としてではなく、今の私のような一般市民の生活の中に自然に生まれ、自然に存在するものになろうとしている点で、敷居が低くなっていて親しみやすいという印象を受けたからです。参加して本当に良かったと思いました。

 ひとつ、最後の禅問答に関して思ったことなのですが、
 私たちの世代にとっては、都市は既に出来上がっていたもので、それこそ与えられるものでしかなく、現状維持が当たり前の感覚としてあります。まちを「つくる」という概念はそもそもなく、ただ「ある」もので、まちをつくることを自分に引き寄せて考えられない部分があります。
 
 だからこそ、特に若い世代にとって、今よりも“こうなりたい”という理想の形がないことは問題だと思っています。そうでなければまちづくりどころか、まち自体に対しても今のまま、大多数の市民が我関せず、な状態が続くと思っています。
 私も、押しつけの都市計画は必要ないと思います。でも、ただまちを与えられただけの世代にとって、『合意形成が行われず、唯一の目標が存在しない』というのは、どうしても自己完結型になってしまい、他者を含めた「まち」という広がりを捉えられない若い世代の、無関心を助長してしまうとも考えられるのではないでしょうか。
 
 だから例えば、近代都市計画が描く夢物語のような理想ではなく、現代都市の負の要素さえも肯定できるような新しい形、という意味での「理想」を目標として掲げてもいいのかなと思いました。
 近代都市計画は、都市を制御できるものとして、郊外にマイホームなどといった「理想の暮らし」を皆が思い描くものだったと考えます。しかし現代において、その理想像に当てはまらない人たちはネットカフェ難民やオタクとなり、現代版スラムとも呼ばれるネットカフェが存在し、郊外の過疎化は、かつての理想が幻想だったことを示しています。そんな、理想像にそぐわないものをできるかぎり排除するという方法ではなく、負の部分も当たり前に存在するのが都市であるととらえることが、現代の人々の共感を生むことにつながるのではないでしょうか。
 そして、その負の部分も肯定しての解決策というか、今よりもこうありたいと思える都市をどうすれば明るく思い描けるのか、それを考えることこそ、多くの人の共感を得て、より実現可能性の高いまちづくりがうまれることに繋がるのでは、と考えます。
 
岩切江津子

「地域自治のしくみと実践」セミナー参加者の声

9月8日に学芸セミナー「地域自治のしくみと実践」を開催しました。多くの皆様にご出席いただきありがとうございました。当日のアンケートからご紹介します。

・大変参考になりました。ありがとうございました。
・地域自治協議会は自治会を活性化させるという中川先生のお話が、なるほど、と非常に興味深かったです。
・地域自治の課題(論点)整理に役立ちました。ありがとうございます。
・組織論から入っていった時にいろいろなハレーションを考えると、難しいし、固いシステムに対して、次世代が関心を持って入っていけるのかという点も気になる。乾先生の言う、京都では人づくりからぼちぼちとは共感する。
・興味深いお話ありがとうございました。
・包括地域自治組織を興味深く拝聴しました。組成は何を活動対象とするかによって形としくみが異なると考えますが、そのことがやや分かりにくいものと映りました。
・たいへん参考になりました。
京都市で自治連との付き合いがないので、京都スタイルになれており、自治条例はなかなかなじめません。
・遅ればせながら進みつつある大阪市のまちづくり協議会の難産ぶりについて再考したく参加しました。勉強になりました。
・条例・制度・要綱等は政治・行政・学者のよりどころとなるだけで、決して万能ではない。コミュニティは多様性こそ重要で、取り組みをしばることがあってはならない。行政><住民ではなく、行政=住民ととらえ、行政も一人の住民であることを自覚すること。
・良い点も悪い点も含めて、ありのままの真実を詳細に記載してある点で、大変参考になる本だと考えます。
京都市の取り組みに納得。町内会が弱体化したから別組織(システム)でなく、地域ガバナンスの正統性から、正当性(担保性)をめざすことに期待します。

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撤退の農村計画 in 東京 過疎地域の現実を直視したもうひとつの提案

撤退の農村計画 in 東京
過疎地域の現実を直視したもうひとつの提案

林直樹・齋藤晋・大西郁・江成広斗・山崎亮
2011.6.20 東京芸術学舎
協力:京都造形芸術大学

http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1106tettai/report.htm

まず、林氏により、「撤退の農村計画」とは何かという、書籍の概要説明が行われ、続いて、著者のうち4名の方にご登壇いただき、執筆担当した節の内容に関する解説が行われました。

最後に、島根県海士町集落支援員として活躍されている西上ありさ氏にゲスト出演いただき、その具体的な活動内容をご紹介いただきました。

■「撤退の農村計画」が描く戦略的再編―「積極的な撤退」と震災復興
林直樹氏

過疎地の問題は、現在、0か100かしかない。しかし、その中間、生活再建のための集落移転があってもよいのではないか、集団で移転することで、地縁・共同体が維持でき、文化も継承にもつながるということが述べられました。

水田も、耕作できない場合は、荒地にするのではなく、放牧による粗放的管理にするなど、将来復活するかもしれない水田の備蓄ということも考えたい、そういった中間の対策も検討していくことが必要なのです。

撤退というのは非常に難しい方法です。まずはビジョンを示すことが何より大事。決して敗北ではない、勝利に向けた一時的な退却であることを理解してもらう必要があります。

住民の誇りを再建した上で、積極的な撤退をしていくことが未来へのプロセスになるというお話でした。

最後に、東日本大震災の復興に関しても触れていただきました。

短期的には過去の教訓(仮設住宅の入居には地縁が切れないように配慮するなど)が役に立つかもしれないけれど、長期的には役に立たない場合が多いということでした。

今回の震災は、国の人口が減少するという時代に発生したというのが、これまでとの大きな違いで、そもそも復興というイメージが見えにくいこと、もうひとつの違いは、都市農村漁村すべてに壊滅的な被害を与えたということだといいます。加えて、漁業権という複雑な問題も孕んでいます。

震災によって、これまで先送りにしてきた人口減少という課題にはっきりした締切が突きつけられました。私たちは、人口減少時代の新しい生活にシフトしていかなければならないのです。しかし誰もが元の生活に戻りたいと願う気持ちがあるでしょう。そこで、新たなビジョンを示していくことが大事になります。他の選択肢として具体的に日常生活がイメージできるものを示すことで、はじめて何がよいのか見えてくるのではないでしょうか。

また、都市計画と農村計画の連携も必要で、都市農村全体の青写真を示さなければいけない、と締めくくられました。

■集落移転の事例紹介
齋藤晋氏

集落移転は1970年代に多くなされたそうですが、ここでは平成の集落移転についてお話いただきました。

総務省の過疎地域集落再編整備事業を使って移転がなされた鹿児島県阿久根市の事例(書籍にも掲載)を中心に、秋田と長野の事例についても、写真を交えてご紹介いただきました。いずれも住民の合意形成がうまくいった移転だそうです。

課題はあるものの、集落移転は決して良くないものではなく、住民にとってプラスに働く面もあるということを理解いただきたい、ということでした。

■田畑管理の粗放化
大西郁氏

過疎地域の田畑の管理について、林氏のお話にもあった中間の対策として、比較的費用と労力のかからない「粗放化」策である放牧の可能性についてお話をいただきました。

とくに、耕作放棄地における小規模移動型の放牧について、現在なされている具体的な方法など、聞くことができました。

放牧には、草刈しなくてよいなど労力の削減、畜産農家の経費削減、牛も元気になる、獣害対策など、多くの効果が認められているそうです。

担い手が減るなかで田畑のまま維持するのが困難な場合の次善策として、放牧には期待がもてそうだと思いました。詳しくは書籍もご参照ください。

■森林の野生生物の管理を考える
江成広斗氏

獣害に対しては各市町村ではお金を掛けて様々な対策が取られていますが、なかなか改善されないのが実状です。

高価な柵を設けても、それを維持していくことが大事で、そうしないと問題は解決しません。耐力のある集落づくりが求められているのです。

獣害は実は最近に始まったことではなく、昔から戦いの歴史であったといいます。いま高齢化や人口減少によって集落活動が希薄化するなかで、社会問題として出てきただけのことだそうです。

そんな状況のなか、すべての集落を維持して、野生動物と共存していくのは困難なのが予想され、選択と集中という意味で集落移転の有効性は考えられます。しかし安易な集落移転は、まわりの集落でかえって獣害がひどくなる可能性もあるので、注意が必要です。

人間の領域と野生動物の領域が入り混じっていると、獣害の発生する可能性が大きくなるので、できるだけシンプルな境界にするのが望ましいそうです。そうすることで、設ける電気柵の距離も短くできるし、維持もしやすくなります。

また、獣害のある土地で農業を続けるのは大変なので、農地自体を移動することで農業を継続することも考えたいというお話でした。実際に被害を受けている地区だけでなく、地域ぐるみで獣害対策を進めていくことが大事だと述べられました。

■集落診断士とは何か
山崎亮・西上ありさ氏

山崎亮氏は「集落支援員」ではなく「集落診断士」と呼ばれています。外から入っていて支援するのではなく、住民と一緒に対策を講じるという考え方からだそうです。
実際に島根県海士町集落支援員(診断士)として活動されている、西上ありさ氏をゲストに迎え、海士町での活動の様子を説明していただきました。

   * * *

「ないものはない海士町」というキャッチコピーのもと住民参加で様々な取組がなされています(詳しくは山崎亮『コミュニティデザイン』をご参照ください)。

西上さんは2010年から集落支援員として海士町に入られました。高齢化率は38%と高く、何が問題かわからないという所からのスタートだったので、まずは集落の健康状態を診断することから始められました。

30項目のヒアリングによりレーダーチャートを作成、そして地区ごとの現状と特徴を明らかにして、具体的に何をすればよいかを考えていったそうです。

ここでは、役場の若手職員やI・Uターン住民に対して集落支援員養成講座を開くなど、丁寧な取組をされています。

しかし支援員が挨拶に行くと、決まって住民から「何を支援してくれるのか」と厳しい意見をいただくそうで、支援員の活動について理解してもらうために漫画を作ったり工夫をしているといいます。

よそ者が地域に入っていくのは容易なことではありません。いろんな人の意見を聞く中で、徐々に困っていることは何か「相談」しながら考えていくそうです。地区の魅力や面白さを住民に丁寧に伝えて、30年先の未来のために、一緒にできることは何かをともに考えていくことが大事だと話されました。日々悩みながら取り組まれている様子がよくわかって、会場からは拍手が起こりました。

■アンケートより

アンケートでいただいた質問について、講師のみなさんに答えていただきました。

Q:集落移転後の土地に建造物がそのまま残されているのは、それだけで環境・景観に配慮がされていない気がしますが、その点はどうお考えになりますか?

A(齋藤)
今までの調査先で見てきたことに基づいて述べます。移転跡地の建造物の状況ですが、大きく分けて4通りです。

(1)移転後誰も住んではいないが、小屋や山に入るときの足場などとして定期的に人が出入りしているため、比較的きれいな状態を保っている。

(2)移転後誰も住んでおらず、出入りもないため、傷むにまかせているが、まだ建物の形状は保っている。

(3)移転時に壊したか、あるいは移転後自然に倒壊したかで、がれきとなっており、それが一カ所にまとめられている。

(4)がれきも何もなく、更地になっている。
移転元は、山間部に住居が広範囲に点在していることが多いこと、建造物も木や土壁など自然物を利用したものが多いことなどから、あまり環境・景観への負荷を意識させないことが多いです。しかし、人が居住していたことがあるからには、人工物の存在は想像できます。(2)や(3)の場合には特に((1)でも年数がたち管理者がいなくなれば同様に)、建造物やその残骸の環境(土壌や水質)への負荷も分析する必要があるのかもしれません。加えて、環境・景観の問題だけでなく、治安についても一定の考慮が必要かと思います。

ただ、現在の総務省の事業では、移転跡地の処理への補助は明記されていないこと、移転後も小屋等として使いたいという住民の意向があること、などから、建造物をまっさらにしてからの集落移転というのは、現状では少し難しい面があるかと思います。

Q:移転されてしまった跡地まで考えなければ、更なる問題が生まれるだけでは?

A(齋藤)
おっしゃる通りです。
例えば、コンパクトシティが長く注目されつつも、なかなか現実には広まっていかない理由として、「コンパクトになった都市での素晴らしい生活」はたくさん提示していますが、「コンパクト化されたのちの、縮退対象エリアの跡地のありかた」についてはほとんど考えられてこなかったからではないか、と思います。

おそらく、集落移転の跡地管理についても、100点から0点まであるのだと思います。完璧な跡地管理は難しい、でも0点の跡地管理では住民も幸せにはなれない。とすると、財政状況や住民の特徴、入会(いりあい)の扱い方などを考えつつ、現実的かつ住民の要望をできるだけ取り入れた跡地管理を、移転時に行政や移転住民がつくっていくべきだと思います。

Q:移転集落の調査で、職業・収入についてどうであったのか?

A(齋藤)
収入の多寡や移転前と移転後での変化等、くわしくはわかりません。
職業については、移転を機に農業(おそらくは兼業農業だと思います)を離れ、生産年齢の世代は会社勤務に、高齢者は年金生活に移行する、というパターンが何人も見られました。それから、移転元の集落はもともと農業の生産基盤が弱い、という側面もあり、移転前からすでに農業以外の職業で収入を得ているという人も何人も見られました。ともあれ、移転により就業や経済活動に支障が出たというような話は、現在のところ聞いておりません。

ただ、今回の大震災で高台移転が考えられている地域のように、農業や漁業等の生産基盤がしっかりしている居住地からの移転の場合、この職業・収入の問題は、大きな課題になってくると予想されます。

Q:集落支援員の制度は今後の役割として重要かもしれないが、どういった費用が出されているのか?
6名新たに雇ったとあるが、どういう仕組みか?

A(西上)
集落支援を導入する市町村には、特別交付税が配分されます。なので自治体が支援員を導入しますと総務省に手を挙げる必要があります。

集落支援員1人あたり年間最大350万円まで助成されます。内訳としては集落支援員の人件費、活動費等です。人件費は200万円以内におさめ、残りは活動費として使われます。

ちなみに活動費は、車をレンタルするお金や視察等へ行く程度のものしかないので、支援員が何か事業をしたいときは、別途補助金助成金をとって活動しています。

Q:街そのものが縮退している場合、都市の中心市街地のような場所にも思いきった撤退が必要でしょうか?

A(林)
資金的な問題がなく、移転先でも空間的な余裕(家庭菜園など)が確保できるなら、中心市街地への撤退もありうると思います。

コンパクトシティの時代ですので、移転先の現在の規模、すう勢が非常に重要だと考えています。

   * * *

アンケートでいただいたご感想をいくつか紹介します。

・集落移転は本当に有益なのか考えさせられた。
 ご先祖様から受け継いだ土地から離れることでも人脈(地域コミュニティ)が保存されればよいのだろうか。
 本当に山村の生活が再興する時代はくるのか。
 温存とは戻ることを前提としているのか。
 具体事例を考えたら眠れなくなりそうです。

・現実的な解、その実現に向けてとても前向きなお話が聞けて、勇気づけられる思いがしました。
 人のまとまりに対して何かを働きかけようとする時、合意形成が何よりも難しいだろうと思って聞いていました。
 「丁寧に、丁寧に説明をする」と集落診断士の方がおっしゃっていたことが、とても印象的です。
 より実現性の高い計画にしていって、活動を続けてほしいと思います。

・集落診断士の話題が非常に興味深く拝聴させていただきました。
 とくに数字(統計)だけでなく、前向きな提案をセットにして伝える…ショッキングな数字を伝えるんではなく、その地域の良さを話しながら…本当に難しいというのが伝わってきて、面白くかつわかりやすく聞くことができました。

以上、ありがとうございました。(まとめ:編集N)

建築・都市計画の新しい職能像を考える( 5.17 )

皆さま

【学芸セミナー】記録公開のお知らせです。
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5月17日に行いました川原晋さんと都市計画学会関西支部次世代の関西研究会のメンバーによる「建築・都市計画の新しい職能像を考える〜まちづくり市民事業と都市をつくる仕事」の後半の議論部分の録画を公開しております。

http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1105kawa/index.htm

厳しい意見のやりとりがありました。

次世代の関西研のメンバーは、議論を踏まえて「都市をつくる仕事」の内容を練り直し、10月の出版をめざしています。

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○学芸出版社「震災&原発事故」関連情報
 緊急インタビュー、季刊まち号外、シンポ記録、関連書籍PDF
http://www.gakugei-pub.jp/higasi/index.htm
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●都市計画・まちづくり・地域再生編集室
http://www.gakugei-pub.jp/zassi/index.htm

メーリングリストの配信停止・アドレス変更は下記よりお願いします。
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●都市計画・まちづくり・地域再生ツィッター
http://twitter.com/ToshiMachiTiiki

オオクボ 多文化と多様性のまち

外国人居住者が37%を占め、マルチエスニックタウンとして知られる新宿区大久保。
多様な文化が混在・共生し、めまぐるしく変容し続けるまちには、昨今の韓流ブームに留まらず、都市の力がみなぎっています。

それは、にわかにできたものではなく、常に移民を受け入れてきた歴史的風土がありました。マイノリティを否定的にとらえるのではなく、文化的多様性こそがまちを面白くしているのです。

20年にわたり大久保でフィールド調査をし続け、『オオクボ 都市の力』をまとめられた稲葉氏に、ダイナミックに新陳代謝するまちの魅力を語っていただきました。

セミナー記録
http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1011okubo/report.htm

『オオクボ 都市の力』
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-1249-1.htm

■オオクボ 多文化と多様性のまち 稲葉 佳子

○大久保とは、どんな街か

これだけ小さなエリアに各国の様々な人々が暮らし、働き、エネルギッシュに変わっていく街は、世界中を探しても少ないだろう。

20年ほど前に都市コンサルの仕事をしている当時、東京ではバブルの地上げに伴う高齢者の住宅問題を調べていた時に、留学生や出稼ぎ外国人の住まいを巡るトラブルが多いことを知り、そこで実態調査を始めることにしたのが、大久保に関わるきっかけ。

80年代以降に来たニューカマーと呼ばれる外国人が集住していた大久保をフィールドに調査を始めたのだが、どんどん変わる大久保という街を追っていくうちに、20年が経っていた。

31万人の新宿区民の11%が外国人で、若い世代ほど、外国人の比率が高い。新宿区の外国人人口は80年代のバブル期に増加し、2000年以降も伸びている。実に110カ国以上の人が新宿には住んでいる。

なかでも大久保は外国人の集住地域だ。人口の3割が外国人(実際はもっと多いだろう)。最も多いエリアに住んでいる住民の実感では6割程度ともいう。

大久保の街区は縦に細長く、道が走っている。これは江戸時代の下級武士屋敷の敷地割りに基づいている。この歴史を継承する街区が、人々が雑居するチマチマ空間の襞を形成する要素となっている。歌舞伎町に隣接する立地であることや、外国人留学生の増加に伴い、住宅地の中にラブホテルや専門学校が出来てきて、それらが混在して雑居空間をつくりだしている。

よく知られるコリアンタウンは東側にあり、西側は多国籍な街だ。
地域の中心軸となる大久保通りには、外国語の看板も並び、異国の雰囲気。職安通りは、ここ10年で韓流観光地となった。他にも、中国・台湾やイスラムの店や空間が混在している。

○大久保の歴史的な変遷

歴史をさかのぼると、大久保は江戸初期に下級武家地として計画的に形成された。
南北に細長い街区は、当時の敷地割りを現在に残しているものだ。

そもそも大久保は、江戸から郊外へ抜ける西の端。東京市の外れであった。

明治40年代、「郊外生活」が流行し、大久保に新住民が移り住んできたため貸家が激増。小泉八雲徳田秋声幸徳秋水内村鑑三なども暮らしていた。外国人や軍人の住まいもあり、毛色の変わった人々が住んでいたという。その当時から、場末の新開地であり、移民の街だった。

大正末から昭和初期は、大久保通り商店街を中心にハイカラな街として発展するが、終戦後、住民の大半が入れ替わる。

歌舞伎町は戦後、新たに区画整理事業によってつくられた街だが、そのベッドタウンとして大久保では木造アパートが増加、昭和30〜40年代には木造アパートや住宅が密集する市街地を形成した。高度成長期のなか、地方から流入してきた人々も住むようになる。

このように、常に新しい人が入ってくる街だったことが、移民都市のDNAとして受け継がれ、80年代のニューカマーの登場につながる。

第1期(1980年代末〜90年代中頃)は、アジアを中心とした外国人ホステスの寮が増える。また日本語学校も林立し、留学生が街に多く住むようになる。それに伴い、彼らが日常的に利用する母国の食堂・食材店や美容院が増えた。そうして外国人に住みやすいということで、同胞が増えていった。

第2期(90年代中頃〜2000年初頭)は、エスニック・ビジネスの拠点形成期である。
外国人居住者の日常的な店に加え、旅行会社など業務が多様化し、一大エスニックビジネスの拠点として成長した。日本人向けの店もできてくる。

第3期(2000年代初頭〜)は、ニューカマーのなかからビジネス成功者が誕生し、大きな店が出現するようになる。韓国とのワールドカップ共催、韓流ブームなどを通して、韓国系店舗が増加するとともに、東南アジア系のおしゃれな店舗も増えて、大久保はエスニックタウンとして、知られるようになる。やがて日本人経営者によるエスニックマーケットへの参入も進み、あらゆるものが交錯した街になっていく。

以前は控えめな在日コリアンの店も、むしろ積極的にハングルをアピールし始めたり、チェーン店が韓国から参入してきたり、西側地域では中国勢が、ムスリム横丁ではイスラム教徒のための食材を売るハラールフード店が増えたり、新しい店が入れ替わり立ち替わり、大久保は日夜変化し続けている。それが「オオクボ」だ。

○データでみるエスニック・タウンの成長と発展

5年ごとの店舗の変遷をみる。90年頃はちらほらと韓国系店舗が見られた程度だったが、徐々に、職安通り、東エリアを中心に韓国系店舗は急増、現在ではコリアンタウンというに相応しい集積となっている。

西エリアには、中国系や多国籍の店舗が目立つ。

また、業種としては、当初飲食業が成立し、90年代後半からサービス業の成長と業種の拡大、2000年代中頃からは韓流による飲食業の増加がみられる。

このような中で、大久保の人々は、どのように新たな住民たちと向き合ってきたのか。

90年代当初はニューカマーへの接し方に戸惑いが見られる。「外国人お断り」という不動産業者が地区内の9割を占めていた。外国人居住者はゴミを分別しない、知らないうちに友人と同居している等々のトラブルがあった。

最初は単身者が多かったが、徐々に家庭を持つようになり、保育園・小学校での親同士のつき合いが広がるようになる。今や、6、7割は外国にルーツをもつ子どもたちだという。歌舞伎町が近いこともあり、シングルマザーやいろんな家庭環境の子どもがいる。それに対応して24時間保育・夜間学童保育などもあるが、実は深夜遅くまで働く霞が関官僚の子どもたちも通っていたりする。

商店街はどうだろうか。地元商店主の高齢化で廃業が続き、そこが外国人の店に置き換わっていく。

今では、外国人なくしてこの街の経済は成り立たないようになっている。

○多文化・多様性とは

地域の人にとっては、「多文化共生」というよりは、気が付くとこうなっていた、という状況。

そんななか、ニューカマーと地元住民が話し合いれ、率直に意見を言い合える関係が築かれている。大久保では、こうした人と人の顔が見える関係がお互いに交錯し、時にはぶつかり、そういう中から生まれてきた。境界が曖昧になる中で、地域の人とニューカマーは、相互に影響し合い、相互に変容しているのだ。

大久保の多文化は、平面・立体的に混在する都市空間に表出される。混在は空間だけでなく、時空をも越えている。ラブホテル街とエスニックタウンで、歴史を継承する鉄砲百人隊のパレードが違和感なく行われていたりする。

また、国籍だけでなく、シングルマザーや大学教授など、多様な人々が混在している。そんななかで不動産業者も「外国人お断り」から「外国人歓迎へ」となるなど、外国人を受け入れ、自分たちも変わることでうまく関係を築けるようになってきた。
多様性は生易しいものではなく、それなりの覚悟がいる。マイノリティを排除するのではなく、凝縮したエネルギーによって、日々オオクボは更新しているのだ。

 すべてを受け入れてこそ多様性
 軋轢なくして交感なし
 変化に終わりはない

これがオオクボから得られるメッセージだ。

元気のない今の日本の街へのヒントが、ここにあるのではないだろうか。

■質疑応答

Q:ビジネスの参入がしやすく、マーケットが拡大しているということだが、新しく日本人、とくに若者がビジネスに取り組む萌芽はあるか?

A
不動産業者は外国人対象にビジネスチャンスを拡げている。商店街の二世世代でがんばっている人もいる。
本当の意味での国際都市になれるのではないか。
オオクボが多文化共生のモデルになりうるのではないかと期待する声もある。しかし韓流の影響は大きく、現時点では外国勢の勢いが圧倒的に強い。
わりと賃料が高いので、日本人の若い人が入りにくい。外国人はチャンスと見ればすばやく参入し、引く時はさっと引くというビジネススタイルが日本とは違うようだ。
日本の若者にも、これからオオクボで新しいチャンスをつくる人がでてくることに期待している。

Q:オオクボは特殊か。
他の都市でも同じように外国人がどんどん入ってくるのだろうか。
グローバル化しているから外国人は増えるだろうが、政策として対策ができているかは疑問。
賃貸・不動産の問題など、対応する制度・法律は整備されているか?

A
オオクボは必ずしも特殊解ではないと思う。東京は、江戸時代から流動性の高い土地であったし、オオクボは象徴的ではあるが、そのひとつにすぎない。
ここまで特徴的ではないにしても、新宿区にはいくつか外国人コミュニティがある。高田馬場には今、ミャンマー人が増えてるし、神楽坂にはフランス駐在員が多い。そういう場所は後続者が入って来やすいのではないだろうか。
もうひとつの不動産については、取得が進んでいる。
バブル崩壊後、不良債権として売却されている物件を外国人が買い取るケースもあった。

Q:関東大震災の影響は?

A
関東大震災の影響はほとんど受けていない。むしろ明治・大正期の人口増加が目立つ。

Q:オオクボの生活や、日本人・他の外国人との関係について、ニューカマー自身はどう語っているか。

A
例えば韓国人の場合、80年代後半に来た第一世代(現在50代)は、オオクボがコリアンタウンと言われることに批判的な人もいる。
彼らは時間をかけて日本人との関係を作ってきた世代なので、日本人の街が韓国人の街と呼ばれることに対して、それは地域住民の気持ちを考えると失礼だという人もいる。
一方、韓人会という、主に韓国人経営者らで構成される団体には、コリアンタウンを売り出したいという人もいる。しかし自分たちの意識と地域の意識との間にギャップがあることを感じて驚いた。そして、日本人との関係づくりに努めるべく、今、清掃活動などを行っている。
もっと若い世代には交流を深めようとしている人も多いのではないだろうか。
世代やその人の環境によって、考え方は違うだろう。個人的には、フレンドリーな人が多いと思う。

Q:多文化の人が集積した場合、住み分けがあることが一般的だが、オオクボは違うように思う。
ニューカマーがたくさん集まるオオクボでは、生活習慣や文化背景が異なる人が一緒に暮らしているが、そこでは、住まい方の工夫はあるのか。

A
ここには大学教授もいれば、ホステスもいる。新宿は多様な人が住んでいる雑多な街で匿名性が高い。
都市的なコミュニティが存在し、他者との距離の取り方がうまい。
そこが、いろんな人が入りやすいことにつながっていると思う。

Q:住まいのハード面での変化はあるのか。

A
店舗のリニューアル、コンバージョンが顕著に見られる。
韓国から改装業者が入ってきているようで、日本では考えられない奇抜なデザインが目立つ。
賃貸借についてはソフト面での対応が見られる。普通、又貸しはご法度だが、ここでは常習的にみられる。業界ではそれなりの対応方法を身につけている。家賃は絶対に振り込みにさせないなど、コミュニケーションが取れるよう、大家が工夫をしている。

Q:中心市街地で大事なことは、雑居・雑踏、そこはジャパニーズドリームを実現させる場所だと、藻谷浩介さんもおっしゃっていたが、オオクボはそれを体現している場所だという印象を受ける。
日本には、本来の都市性を失って、多様性を恐れる街が多いのではないだろうか。オオクボの特殊性についても話があったが、日本の他の街と比べて、どう感じておられるか。

A
地方都市の状況にはあまり詳しくないが、先日、浜松で聞いた話にショックを受けた。浜松は日系人が多い街だが、元町役場を日系人など外国人のための日本語学校にする計画が、近隣住民から猛反発を受けているというのだ。まわりに人家もない場所なのだが、外国人=犯罪というイメージがあるようだ。
これだけいろんな国からいろんな人が来ている現状において、あいかわらず日本は閉じた世界であるというギャップを感じた。

■参加者アンケートより

多様性=多国籍というだけでなく、様々な家族の形態、ライフスタイルをも受け入れる懐の深さがあるという点が非常に興味深かった。
  *
長い時間をかけて身につけた(人との)距離感覚というのは、今後、外国人を受け入れていくべき日本にとって非常に参考になると思った。
  *
大久保=コリアンタウンというイメージが強かったので、様々な国籍の人々が居住していることにまず驚きました。また、日本人居住者との地域交流が想像以上に成立していることも興味深かったです。
  *
「雑」多様性・多文化を許容するフレームの秩序に関心が向きます。とても面白かったです。
  *
“街のDNA”というフレーズが大変印象に残りました。近年“共生”のまちづくりでは、とかく短期的な問題、目標にばかり関心が向けられがちですが、歴史的に培われてきた地域の“パワー”の偉大さが伝わってきました。
  *
大久保の韓流ブームに乗って人の押し寄せる現在の状況しか知らなかったので、歴史的な地割りや空間的(平面的・立体的)にも混在していることを説明していただいて参考になりました。
  *
本当の国際化とは何か?を考えさせられた。言葉上の共生という美句とは違う、経験を踏まえた多文化の居住のあり方、接し方に説得力を感じた。「シングルマザー、ゲイなど、様々な家族のあり方も含めた多文化」という言葉が印象的であった。
  *
閉鎖的な日本における特殊な街とも言えるが、今後の日本の方向を考えさせられる内容であった。

成功する自転車まちづくり

学芸セミナー
成功する自転車まちづくり

趣旨

家計と健康に優しく、地域活性化・低炭素化に貢献する自転車だが、「歩道上が安全」「利用促進は違法駐輪を増やす」といった固定観念からか、総合性やバランスを欠く施策が多い。

そこで世界の最新政策や科学的データにもとづき、自転車のあり方をもう一度基本から見直し、効果的な政策と計画のあり方、成功の秘策を『成功する自転車まちづくり』にまとめられた古倉さんをお迎えし、その基本をお話いただきます。

また京都で自転車観光を実践し成功を納めておられる多賀さんや、阪急桂駅と京都大学の通学にモビリティ・マネジメントによる自転車等の利用促進に取り組まれた矢野さんにも参加いただき、自転車通勤や自転車観光などの場面において、自転車利用を促進していくとともに、自転車利用文化を高めるための方策を議論したいと思います。奮ってご参加ください。

セミナー詳細
http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1010koku/index_z.htm

『成功する自転車まちづくり』
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-2491-3.htm

■アンケートでのご意見

Uさん(自転車関連団体)
午前中のツアーでは、京都に住んでいて気づかなかった風景を見ることが出来ました。コンパクトな京都というまちは、本当は自転車利用がしやすい街だと思っています。ろじからろじへ走るときは、道の中央をゆっくり、夜は明るいライトで自転車の存在を知らせる等の工夫で最短最速の移動手段になります。京都に訪ねる人があれば、自転車で案内したいと思います。

Dさん(大学)
古倉先生の論文をこれまでいくつか拝読してました。本日すばらしいお話をきくことができて、大変嬉しいです。具体的な政策イメージを考えることができました。
「アイコンタクト」キーワードも有り難うございました。

Yさん(NPO
インフラ整備だけではなく、ソフト面でのバックアップが必要であることが、印象に残りました。

Hさん(評論家)
交通基本法に自転車に関する項目を盛り込まれることを望んでおります(日本の自転車に対する認識が低かった)。
車道を自転車で走っていると、正直怖いのですが、古倉先生の話を聞いて歩道を走る方が、駐車場から出て来る車から見づらいため、危険であることを知りました。

Iさん(学生)
今まで、都市計画やまちづくりに興味を持っていましたが、自転車について考えることはありませんでした。今日の話をきいて、これからは自転車を使用するまちづくりをしていかなければならないなと思いました。今日は、ありがとうございました。

Oさん(学生)
先生方の話を聞いて、すごく勉強になりました。

Yさん(学生)
古倉さんは、お話が非常に興味深く楽しく聞かせてもらいました。

Fさん(大学院生)
大義よりも個人のメリット、具体的な部分を考えながら自転車まちづくりについて国として学ばなければならないという日本のこれからの使命を具体的にお話頂き、大変参考になりました。

Iさん(会社員)
本日は、大変参考になるお話をお聞きできました。ありがとうございました。
自転車の行き場について、法制度面や住民の意識面(ルール含め)行政を中心として広く議論し、マスコミ等を活用して方向づけをしていく必要があると思いました。特に、古倉先生が最後におっしゃった子どもと親の教育に関するコメントが印象に残りました。

Iさん(会社員)
古倉先生のお話の内容、非常に体系だっておりわかりやすかった。
最終的には、行政の判断となるとは思うが、自転車レーンの進展に期待している。

Kさん(学生)
貴重なお話をありがとうございました。エコツーリズムの政策として面白いものがきけました。自転車専用レーンに原動機付き自転車が入ったりしてしまうと思いますが、どのようにお考えなのでしょうか?

Kさん(学生)
自転車道、自転車レーンの確保以外にも自転車走行マナーの問題など学ぶことも多かった。

Kさん(学生)
興味深い話をありがとうございました。
私も駅前レンタサイクルについて卒研ではありますが勉強しているので、矢野さんのお話はとても楽しく聞かせて頂きました。マイカーからの利用転換の点など非常に参考になるものがたくさんありました。

Nさん(マスコミ)
具体的で大変面白かった。ただ、これからどう具現化するか。長年、そこの部分で止まっている。もちろん、講師の方々の責任ではありませんが・・・。

Mさん(学生)
自転車まちづくりや、自転車利用促進政策について、調査されている方や研究されている方の実際の声が聞けて良かったです。自分の知らない事を調査されていて、すごく勉強になりました。

Sさん(大学院生)
諸先生方のお話、大変興味深かったです。特に天野先生の自転車利用促進について、レンタサイクルの可能性をみたと思います。あとは、事業の継続性についてもうかがえれば良かったと思いました。

Tさん(会社員)
自転車というテーマが、時代の流行だからでしょうか。かなり広域から多様な方が参加されており、通常参加する講演会やセミナーより楽しく、多くの自分なりの宿題を持ち帰ることができました。ありがとうございました。
御三方(先生・発表者)同士の議論が無かったため、もったいなく感じました。

Mさん(大学)
現状の行政の対応状況などが理解できました。
いろいろな都市から来られている方が多かったので、各地区の対応などの話が聞けると面白かったのではないかと思いました。

Hさん(観光関係財団) 
諸外国での先進事例を具体的に良い面だけでなく共用レーンの利用側等、日本で利用する場合に参考になる事例を聞かせて頂いてよく理解できた。

Mさん(法律事務所)
第一のプレゼン 大変勉強になりました。
第二のプレゼン 興味深いものの消化不良です。
第三のプレゼン 今少しく突っ込みが欲しかったです。
総じて、色々考えさせて頂きました。

Iさん(まちづくり関係社団法人)
「成功する自転車まちづくり」のテーマは、自転車とまちづくりに関係する人間にとっては、待望の内容であった。今まで同様のテーマで語られたことはあったが、はじめての体系的・戦略的な切り口を見ました。今後の展開が期待されます。

Cさん(コンサルタント
新たな知見をいくつか得ることが出来ました。
 ⇒ロンドンの自転車利用至上施策、世界の動向
 ⇒歩道走行の危険性の定量評価
 ⇒健康メリットの定量評価
 ⇒メリットの細分化の必要性  等です。

Rさん(学生)
古倉宗治教授の講義は素晴らしいです。

Iさん(学生)
今回の古倉先生の、医療費と自転車利用の関係についてのお話は、初めて聞いたタイプのお話だったので、大変印象に残りました。自転車利用が盛んな国は、ガンの死亡率が43%少なく、単純計算で、医療費が43%減るといったことが、もっと証明することが出来れば、自転車利用者が大幅に増えることとなると思うので、今後はこのことについても勉強してみたいと考えています。

Sさん(行政)
このような新しい課題については、このようなセミナーは大変有効だと思います。
今後ともぜひ続けていただきたく。

Hさん(コンサルタント
自転車走行空間についてのお話が多かったが、MMの話もあったので自転車と公共交通(特にバス)との役割分担の話をもう少し聞きたかった。

Kさん(学生)
今まで知らなかったことをたくさん知ることができ、大変有意義な一日でした。

Nさん(会社員)
交通マネジメントの話や自転車まちづくりの話が自転車観光の話と混在していたのでなかなか頭の整理もむずかしかったが、勉強になりました。

匿名
勉強になりました。本の宣伝が多いので、500円か無料にすべきだと思いました。
司会の進め方が少々強引です。場がさつばつとします。

Sさん
懇親会は自己紹介だけで終わってしまって話たり足りない人が多かったと思います。
話題別にいくつかのグループに分けてそこでゆっくり話しあい、最後にグループ毎にその内容をみんなに紹介するなどの工夫があればよかったと思いました。

■「成功する自転車まちづくり」セミナーに参加して
(建築家・コミュニティマネジメント協会CMA副会長) 井上 守

1。はじめに

「自転車・まちづくり」について議論する機会の多い昨今ですが、議論の前提がまちまちのまま、いろんな議論が噴出し収拾が付かないことが多いものです。

放置自転車問題、自転車事故問題、自転車走行マナー、自転車走行空間整備等々いろんな観点からの発言があいまいなデータ、感覚をもとに続出するものですから、発展的な方向性をもった議論にならないといった現象です。セミナーの後の懇親会でも少しそんな印象を受けました。

古倉先生の講演は、この複雑でファジーなテーマに対して確実なデータをもとに合理的な分析を行なうとともに今後の方向性に対する示唆に富んだ提言をされた点で、画期的な研究であると感動しました。今後の「自転車まちづくり」の議論は先生の研究を踏まえて語られるべきであるとさえ思っております。

その感動の中でも更なる研究の深化へつながることを期待して以下の文章を記載します。

2。「立地特性」をふまえた研究の深化

「自転車走行空間」(「自転車まちづくり」 P242「注・参考文献」の序章注2)の定義による)の整備についても都心部・郊外・密集地他「立地特性」により大きく異なるものと考えています。当然「自転車完全排除のまちづくり」もそのメニューに含まれます。セミナー参加者の一部の方からもそういった趣旨の発言があったように思いますが、京都の一部だけでなく、ウイーン・フィレンツェの中心部他、「自転車0」に相応しい町はたくさんあります。日本でも商店街なんかはその好例です。「商店街では自転車を押して通行しましょう。」なんてスローガンはむなしいものです。「錦市場」に自転車持ち込まれたらたまらないですね。

同時に「自動車0」で「自転車と歩行者」だけであって欲しい町があるのも当然のことです。このあたりを「立地特性」ぬきに議論すると、話は不毛なものになります。現実の都市は一般論的な「立地特性」だけではなく、歴史性・地域の慣習他の「地域特性」も備えているのですから、最低でも「立地特性」をふまえた議論が必要です。

先生の研究の中でも力点を置かれていた「自転車利用のメリット」の具体的な分析や「自転車利用の用途別施策」とも通じるテーマではありますが、更なる深化が期待されます。

3。交通工学的研究の重要性と限界

従来「自転車まちづくり」についての議論は交通工学の専門家からの発言が多かったように感じます。その結果、ヨーロッパの先進事例の紹介等に重点が傾きすぎ日本の実態とかけ離れた提言も多かったと思います。古倉先生の研究は既にその領域を超えた研究であることはセミナーに出席された方々にも伝わったことと思いますが、でもまだまだ「まちづくり」観点からの分析には不足している部分があるように感じています。このあたりは都市計画が土木工学の専門家主体に語られていた時期が長かったのと似通った部分があります。

例えば「歩道上の自転車走行」を考える際に、「人々にとっての歩道空間のあり方」といった根本的な議論が欠如しているのではないでしょうか。「歩道上での語らい」「立ち止まって街を眺める」等の多様な使われ方・意味性を歩道空間は持っています。ヨーロッパの町でよく見かける歩道上のカフェテラスもその一例です。

「歩道のあり方」の議論なくして「歩道上の自転車走行」の議論がスタートできるわけがありません。このあたりは交通工学の専門家の責というよりも都市計画・建築・まちづくりの専門分野での「交通観点の欠如」と言った方が正確な表現かもしれません。

「都市交通構造の現代的再編」とう交通論からの観点とともに「まちづくりの中での都市交通のあり方」といった都市デザインからの観点をふまえた複眼的な議論が求められているのではないでしょうか。自転車走行空間についての考察の際にも歩道空間、公共交通空間の整備等を含めた全体像の中に「自転車走行空間」のあるべき姿を検討していく姿勢が重要であると考えています。

4。「自転車まちづくり」を進行させる方法論・組織論・運動論他

放置自転車問題の議論の中で、放置自転車問題は行政対応だけでは限界があり「市民協働」が必要ということがよく言われます。これに対しては「行政が本来行なうべき責務を市民協働の言葉で曖昧にする。」などの反論がすぐに想起できます。歩道上での自転車危険走行についても、「自転車マナー」なんて言っても問題は解決せず、「自転車保険の強制加入や自転車免許制」の話がよく出ます。ここでも「そんなことをすれば自転車の持つ自由性を奪うだけで、根本的な問題解決にはならない。」という自転車養護派の反論が想起できます。古倉先生の研究は、これについても確実なバックデータをもとに分析されており、「ヨ−ロッパの自転車先進国と呼ばれる国でも、行政他の継続的な努力がない限り自転車まちづくりの定着はない。」と強調されていました。

「日本的な継続努力」とは何か、それを進めるための行政・企業・市民の果たすべき役割と方法論といった部分の更なる進化を期待しております。

5。交通関連企業(電車・自動車・自転車他メーカー)の商品政策と自転車まちづくりの関係

周知の通り電動アシスト自転車の年間製作台数が原付バイクのそれを上回りました。「電動アシスト自転車はエコな乗り物か?」「電動アシスト自転車は今後の自転車まちづくりの中でどういう意味をもつか?」という新しい課題が日本特有のママチャリ文化に付加されて発生してきたように思います。パナソニック電工は「電動アシスト車の自転車共同利用(シェア)システム」として「サイクルパートナー」の発売を開始されています。都心・ビジネスゾーンでの新しい試みとして一定の評価は出来るものの、ヨーロッパにおける自転車施策の方向とは異なる動向と思います。電動アシスト自転車のアシスト比向上の法改正についても、電動アシスト自転車そのものの位置づけが曖昧なまま進行しているように思っています。

「安物自転車が放置自転車の最大の原因」という意見もよく聞きます。一方、自転車メーカーサイドではBAA(バイシクル・アソシエーション・アプルーブド)認証制度をスタートさせ、自転車の品質向上に努める動きも出来ています。自転車まちづくりの議論でも、こういった時代背景の中での産業界の動向をふまえた視点が欠かせません。

6。「交通基本法」は自転車まちづくりに方向性を与えるか?

セミナーの中でも「交通基本法は基本的な理念他について何も述べていない。」という古倉先生の意見がありました。フランスの交通基本法は「地球環境をふまえたエコな交通手段として自転車をとらえた」のは事実ですが、「移民等の多民族貧困層が(日本と違って)公共交通機関の未整備な社会の中で孤立している状況」に対する交通権確保という深刻で切実な問題が背景にあったのも制定の大きい要因です。さすが「基本的人権」の先進国といえます。

日本には現在12の基本法がありますが、「教育基本法」に象徴されるとおり、基本法制定には切実な背景がありました。(教育基本法の場合は戦前教育に対する強い反省が背景にあった。)基本法はやりの昨今、「都市基本法」「建築基本法」「情報基本法」・・・と基本法の氾濫の中に本質的な問題意識が一段と希釈されていくよう感じています。仮に「都市基本法」などの議論が始まると「自転車まちづくり」の観点は「交通基本法」か「都市基本法」か、本当に訳の分からない状態を生じるように思います。

7。さいごに

セミナーに参加しての感動をもとに、思いついたままの意見を整理してみました。

これも古倉先生の「自転車まちづくり」研究に触発された結果と思っています。先生の研究成果を今後の「自転車まちづくり」議論・研究の基礎として活用していく中に新たな展開が秘められているように感じています。

冒頭「1。はじめに」に書いたとおり「自転車事故問題、自転車走行マナー、自転車走行空間整備等々いろんな観点からの発言があいまいなデータ、感覚をもとに続出」させずに、「発展的な方向性をもった議論」の深化につなげていくことを期待するところです。

■古倉先生へ
金沢大学)五十嵐 敏郎

自転車は軽車両ですね。車両である以上、車道を走るのが当たり前で、歩道走行を考えること自体が間違っていると思います。すべての混乱の原因がそこにあると思います。車と同等という位置づけで、車道走行で安全に走行できる方法を徹底的に追求したら良いと思います。道路事情で車とシェアーできないときには、車と自転車の優先を道路ごとに決めれば良いと思います。そろそろ道路は車のためにあるという固定観念からの脱却が必要ではないでしょうか。50年前の道路では、車がほとんど走っていませんでした。生活道路は子供たちの遊び場であり、歩行者や自転車が優先され、車は遠慮しながら走っていました。生活道路まで車を優先させた結果、社会的に失うものが大きいと思います。子供が年齢差を越えて集団で遊ぶ機会を奪うことで、自分たちだけで遊ぶことを通じてえられる社会性(年長の子供との付き合い方、年少の子供に対するCare,年齢差が広い子供が一緒に遊ぶためのルール作りなど)を育てる機会が奪われてきました。

20世紀は自動車が優先される世紀でした。2008年10月のT型フォードの発売開始が象徴です。21世紀は人間が優先される世紀にしたいですね。私は内燃機関を備えた自動車は以下の7つの罪を持っていると考えています。

(1)石油という太古の生物から与えられた化石資源(貴重な炭素源)を、燃焼して消失させることの罪。

(2)炭酸ガス等の排出による地球温暖化を促進させる罪。(温暖化か寒冷化は両論があり、短期的に決着させることはできないと思っています。100年後に振り返ったときに、判断できる問題です。私自身は寒冷化の弊害のほうがはるかに大きいと考えています。)

(3)交通事故死者・重度障害者の発生による人的・社会的な損失を発生させる罪。事故が原因で24時間以内に死亡する交通事故死者数は、高度医療の発達や救急体制の整備等で減っていますが、1年以内に交通事故が原因で死亡する人・重度な障害が残る人・交通事故が原因で自殺する人まで含めれば、年間1万人以上になるでしょう。仮に重大事故1件当たり、被害者側と加害者側合わせて20人が大きなトラウマを負うとすれば、人生80年として、統計上8人に1人は 一生のうちに大きなトラウマを経験することになります。これは異常なことだという認識が欠けています。人とぶつかったときに壊れるような車体の開発、最高速度を80Km/hr以下に抑えた車の開発など、自動車メーカーが車を売るために嗜好を煽ってきた結果、本来社会的に必要な開発をおろそかにしてきたと考えています。

(4)NOx、SOx粒子状物質排出による環境汚染を引き起こした罪。NOxの50%、人為的な原因による粒子状物質の50%以上が自動車の排気ガスが原因です。それ以外に触媒残渣や金属微粉排出問題など、人体に与える影響が明確にされていない点で非常に気になります。一番被害を受けるのは、鼻の位置が地面に近い乳幼児であり、何十年先あるいは数世代先にどのような影響が現れるか、また影響が顕在化したときには取り返しがつきません。京都のように文化財が多い地区では、文化財に対する腐食も気になります。ベネチアなどの文化財の多い都市では、市中への車の乗り入れを制限していると聞きます。京都でも、早急に考えるべき問題です。1000年以上も引き継いできた文化財をたった50年や100年で腐食させるわけにはいかないと思います。

(5)道路や駐車場など、車を走行させるためにアスファルト化やコンクリート化させた罪。ヒートアイランド現象による局地的な豪雨の発生、地表にしみこまずに一時に排水溝に流入するために、都市型水害が増えていますし、これからも増え続けるでしょう。

(6)高齢運転者の増加による交通事故の大幅な増加。

(7)地域のコミュニケーションや子供の社会性の発展の機会を奪った罪。

そろそろ本気になって、車社会による功罪を数値化し、車優先社会を続けるのか、車と自転車の共存社会を作るのか、自転車(と歩行者)優先社会を作るのか、決断するする時期にきていると思います。今年になって、Oil Crunch問題が、米国、英国、ドイツ、フランスでさかんに議論されています。日本はOil Crunch問題に関して極めて脆弱ですので、なお一層、車優先社会に対する是非の議論が必要だと思います。

そのほか、まだまだ議論したい点が多いですが、長くなるのでやめます。最後に一言、日本では多様な魅力ある自転車の開発があまりにも少ないです。自動車開発にかけている経費の1%でも自転車開発にかけるべきでしょうね。

撤退の農村計画 過疎地域の現実を直視したもうひとつの提案

撤退の農村計画
過疎地域の現実を直視したもうひとつの提案
林直樹・齋藤晋・西村俊昭・前田滋哉・山崎亮

セミナー記録
http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1011tettai/report.htm

撤退の農村計画
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-2489-0.htm

人口減少社会、特に過疎高齢化が進む中山間地域において、すべての集落を現地で維持するのは不可能に近く、活性化の取り組みがうまくいっている地域はよいですが、その活力さえ失っている地域もあるのが現状です。このまま放置すれば農山村の未来はどうなるでしょうか。

手遅れになる前に、持続的なコミュニティと生活・環境・文化の保全を目指す一方策として、このたび『撤退の農村計画』をまとめました。

今回のセミナーではその中から、「積極的な撤退」について詳しく解説いただくとともに、既往の活性化対策の難しさや、集落移転に関する話、移転を流域で検討する可能性、集落診断士についての説明をしていただきました。概要をレポートします。

※なお当日、セミナーの模様を編集部ツィッターで実況中継いたしました。ハッシュタグ#tettaiで、議論が継続しています。

本書に関するつぶやきのまとめブログ検索結果

■「撤退の農村計画」が描く戦略的再編―「積極的な撤退」の解説を中心に
林直樹先生

まず林先生から、撤退の農村計画の「底流にあるもの」についての解説があった。
人口増加時代から人口減少時代に転換した今、アクセルを踏み続けるのではなく、ブレーキを踏むことも考えねばならない。「何が足りないか」から「何を諦めるか」という検討が必要。

計画にあたっては、目標、手段、状況という3拍子で考えることが大切だという。
まずは目標を立て、状況を判断し、手段を構築するという進め方だ。状況判断だけではどうしたらいいか分からないし、目標設定だけでは精神論になる。手段の構築ばかりすると、目標が動いて、どうであれ「成功」ということになってしまう。

過疎地域の現状は両極端である。一般的な過疎化対策として、若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住といった活性化策が取られるが、それがうまくいかない地域では散発的離村が見られる。0か100かではなく中間を考えることも必要である。つまり集落移転だ。そうすることで地縁が維持でき、置き去りにされない。さらに拠点集落をつくってマンパワーを集約し、人材育成ができないだろうか。

自然環境も両極端で、水田が維持できない地域は耕作放棄地になってしまう。その中間策として放牧が考えられる。草地を維持しておけば、すみやかに修復可能なため、現状維持は無理であっても潜在力は残したい。

森林も同様で、林業振興策がうまくいっていればよいが、そうでない場合は荒廃人工林となっている。中間策として、広葉樹導入すれば、表土の流出が防止できる。この中間策がこれまで議論されてこなかったのだ。

そして、『撤退の農村計画』の本について、概要の紹介があった。

本書で掲げる積極的な撤退とは、未来に向けての選択的な撤退であり、進むべきは進む、引くべきは引いてきっちり守るという考え方だ。30〜50年先を見据えた計画である。

「すべての過疎集落を維持すべき」「衰退はありえない」という主張は現実的ではないし、「過疎集落の住民は問答無用で都市に移転させるべきだ」「何もかも自然に戻せ」「何もせず、このまま消滅させるべき」というのも反対だ。

正攻法を否定しないが、それですべてを守ることは困難だろう。撤退は敗北ではなく、来るべき農村時代に向けた力の温存だと考えている。そのプロセスにおいては「誇りの再建」が重要となる。

今後の展開として、次の点が挙げられる。

 ・法律や補助の改善:森林法、過疎地域集落再編整備事業など
 ・意思決定の支援:集落診断士の確立
 ・移転前後の心のケア:現代山村型鍼灸師の確立
 ・メニューの多様化:介護施設と一体化した集合住宅など
 ・跡地の管理:組織化、バイオマス利用など
 ・種火集落:技術の仕分け、支援の中身の検討
 ・医療の集約化:絶対防衛圏の設定など
 ・影響調査:水循環、生物多様性、財政など

■空き家を利用した農村移住の現実
西村俊昭先生

西村先生は2年前に農村へ移住された。そのときの苦労も交え、若い世代の農村移住についてまとめていただいた。

農村移住願望は20代では30%ほどある。これは大きな数字だ。

一方、地方における空き家の状況として、1980年に130万戸(空き家率7%)だったものが、2020年には460万戸(空き家率18%)になると予測されている。

双方のニーズをつなぐ団体として、地方自治体が運営する空家バンクがある。しかし空家の活用は進んでいないのが現状だ。その主な要因として、貸手側からは「法事で利用する」「仏壇の管理」「改修費用」「信頼関係の構築が困難」といった問題が挙げられ、移住側からは「農村ルールの把握が難しい」という声などがある。

また地方を中心に、公立学校の廃校(年400校)や、小児科・産婦人科の減少(15年で40%減)がみられることからも、若い世帯の移住は簡単ではない。

■平成の集落移転に学ぶ
齋藤晋先生

書籍にも登場する、鹿児島県阿久根市本之牟礼地区の事例(1989年)が紹介された。10世帯(人口24人)のうち7世帯が集団移転、3世帯が市街地へ移転している。

ここでは住民の希望から移転計画が立てられた。総務省の過疎地域集落再編整備事業(本之牟礼地区での実施時は国土庁の事業だった)を利用している。

本之牟礼地区の人口は減少の一途をたどっていたが、余力を残した状態での、先見の明をもった移転である。

移転先決定の合意決定には手間取ったが、移転先が同じ寺の檀家でもともと親しかったこともあり、移転後のトラブルは特にないという。仲間がいる、元居住地と似ているということが評価されており、距離的にも近く、まとまった場所への移転であることがよかった点であろう。

跡地管理に関しては、土地管理面でのトラブルはないが、道路の撤収がまだなされておらず、そういった点で財政的な効用はみられない。

これ以外に、秋田県湯沢市(旧皆瀬村)の事例(1993年、4世帯)が紹介された。

■流域を考慮した集落移転の可能性
前田滋哉先生

防災や水質環境、生態系保全の観点からみて、上流(主に過疎集落がある場所)の影響は下流に伝播する。そのため、流域の住民は運命共同体とも言える。集落移転を検討する際に「流域」を考慮するという、自然科学的なアプローチについて可能性を述べていただいた。

実際に集落移転を流域レベルで行った事例はないが、京都府北部にある北近畿タンゴ鉄道の30個の駅周辺でシミュレーションを行っている。

移転先候補は、これまで医療、交通利便性、雇用など、合意形成が得やすい条件で検討されていた。

流域を考慮した積極的撤退により移転元の管理を行えば、自然災害の防止、水質環境・生態系保全といった長期的な側面でのメリットも考えられるため、合わせて検討されることが望ましい。

■集落診断士とは何か
山崎亮先生

集落には様々な悩みがあるので、人が入っていく必要がある。また、全ての集落に活性化はしんどい。そこで、ある一定の基準で診断していく人材として「集落診断士」を提案している。これは、ヒアリングして一緒に対策を練っていくという姿勢をもつ中小企業診断士にヒントを得たものである。

「集落診断士」は、集落の実態を概観し(健康診断)、詳細な調査が必要な集落を特定し(集落カルテづくり)、集落へ入って具体的な対応策を実施する(予防・治療・撤退)役割を持つ。1人では限界があるので、仲間と協力することで10〜15集落をみることができる。各集落には、住み込みの「集落サポーター」が個別の問題に取り組み、さらに学生・ボランティアなどの協力を得るという仕組みだ。

集落診断士に求められる能力は、GIS等のデータを分析できることと、集落の人に問診できること。集落診断士は、物理的条件や住民のやる気などを分析したレーダーチャートで集落を概観し、サポートすべき集落を特定する。そして、住民と徹底的に話し合って方策を決定し、集落の安全安心を実現するというものだ。

集落支援の財源は、①当該集落、②出郷者、③行政、④都市居住者、⑤既存制度の組み換えなどから捻出することが考えられる。

   * * *

最後に、会場にお越しいただいていた著者の一人、永松先生が少しお話してくださいました。

永松先生は、民俗学が専門で、宮崎県椎葉村を30年ほど見てこられた。何とか残したい、活性化しようと努力してきたが、限界も見えている。26地区あった神楽も現在では5、6箇所のみ。小学校も数人しかおらず、統合されている状況だ。

1箇所に残すというだけでなく、住民によっては移転をしたほうがよいかもしれないし、選択的な撤退もあってよいと思う。対策を考えねばならない時期に来ている。

■質疑応答

Q:流域を単位にするメリットについて聞かせてください。防災・生態系と言われても実感できないと思うが、移転後の跡地管理に役立つのか?

A(前田)
同じ流域には、山林の植生や獣害にもつながる水の流れがあるので、それがメリットとなる。

Q:集落移転の事例について、秋田県のケースでもともと発案者は誰か。

A(齋藤)
4件の集落だが、住民4人(全世帯)が発起人。

Q:集落診断士と、総務省の「集落支援員」との違いは?

A(山崎)
ほぼ同じだが、活性化させるのが「支援員」と思われがち。積極的な撤退も視野に入れ、全てを活性化させるのではないという点で「診断士」としている。
集落支援員は、役場のOBや地元で役をしていた人が一定の年収をもらいながらやっている場合が多いが、集落診断士は、データに基づいて分析したり、住民との話し合いをしていく。基本的に外部の人間。何ができるかを明確にし、いずれは資格のようなものにしたい。

Q:戦略的撤退は30年先を見据えたものだということだが、経済が伸びている時と縮小している時では違う。移転先の経済対策も同時に必要だと思う。移転先も衰退することを考えると、人口15万人程度の所に移転する必要があるだろう。移転先の経済対策はどう考えているか。

A(林)
もちろん撤退先の経済・生活空間がこの先も成り立っていかなければならない。我々が目指すのは国土再編であり、都市農村にこだわらずやっていきたいと思う。あくまでも農村が基点であるが、都市計画的な考えも取り入れたい。

Q:3千のレーダーチャートを集めたということだが、「健康的でない集落」と分析された地域に実際に入っていったときの実感と、そこでの対策は?

A(山崎)
レーダーチャートから優先的に入っていくべき集落を検討するが、これは住民代表へのアンケートに基づくものなので、実際とのイメージが違うことも多い。集落に入ると徹底的にヒアリングを行って本音を聞きだし、個々の悩みについて具体的に話し合うという解決の仕方から、集落の今後を考えていく。そうすることで現状や未来像が明らかになり、30年先のことが考えやすい。
我々は判断材料を提供するだけで、最終的に決定するのは住民。

Q:集落診断士と住民の「何を残し、何を諦めるか」という判断がずれることはないのか。集落診断士の仕事は、移転先の暮らしについても範疇に入っているか。

A(山崎)
撤退は最後の選択肢だが、住民が将来に対する希望が見えない場合が多い。
ネガティブになりがちなので、データだけで判断するのではなく、事例を示しつつ最終的には住民が判断する。そこで注意しなければならないのは、活性化・撤退の両方について、フラットに情報を提供することだ。どちらかに誘導するような説明の仕方ではダメ。
気持ちよく話し合いが出来る場づくりと、モチベーションを高めさせることが重要。

A(齋藤)
居続けることで失うものもあるという点も考慮に入れたい。
紹介した事例の移転先では、家庭菜園などで農業活動が持続的にできるよう工夫している。コミュニティが残っているのも集落移転の利点。
集落移転は最終手段ではあるが、それによって残せるものもある。体力がある段階で移転することが大事。

Q:移転に際する費用便益については?

A(齋藤)
道路維持管理費などインフラ部分での便益はありそうだが、これからの課題。秋田の事例では、除雪費が軽減されている。

A(林)
雪国では除雪作業にかかる費用が大きいので、そこでのメリットは大きそう。

Q:流域については自然のみでなく「文化圏」も形成していると思う。文化圏の単位でも移転を考えていくとリスク分散や効果もあるのでは?

A(永松)
流域には山から海への広域な文化圏がある。一方、塩の道、通婚圏など峠に沿った文化もある。共通の文化を持つということは、話もしやすいだろう。どことつながりがあるか、という事前調査が重要だ。
広域合併についても、そういった文化的な単位を無視した場合が多く、問題がある。

Q:高齢者のなかには、このまま静かに過ごしたい、移転したくないと思う人が多いのではないか。

A(西村)
集落の人と実際に話をすると、70歳を過ぎたら撤退も活性化もない、という状況ではある。判断は住民に委ねられるが、我々の世代は議論をしなければならないと思う。
一方で「看取る」というセラピー的な対策も考える必要があるかもしれない。

■参加者アンケートより


撤退を視野に入れることは「賛成」というよりも、「必要」と認識しています。しかしそれ以上に今必要なことは、撤退先を整えることです。会場からの発言にもありましたが、それは国土計画、農業政策の課題です。撤退先の環境を魅力的な集落に再編成する計画とその事業化が緊急の課題です。

もう一方の会場からの発言があったように、民俗学的アプローチを含めて、新しい地域社会の構築を目指す長い道のりを視野に入れることが必要です。

撤退先の選別の過程では、小集落の自然死(安楽死)が避けられないし、重要な課題であると考えます。あえて撤退させるのではなく、安楽死させる方法も備えるのが「やさしい考え方」だと思います。

いずれにしても、我が国の農業を再生することが全ての前提条件になります。セミナーでは農業に関する話が無かったのが残念でした。


仕事で都市計画や景観に携わっていますが、どうすれば人がイキイキと暮らしていけるのか、どうすれば地域コミュニティの再生ができるのかその答えを探しています。
集落の人が抱える事情はそれぞれ異なることから、答えはひとつではないとは思いますが、著者のみなさんの言葉にそのヒントが含まれていたように思います。

中でも実践されている山崎さんのお話はリアルで、説得力があり、エネルギーが伝わってきました。大変貴重な時間でした。ありがとうございました。


書籍にない集落移転の話を聞けてよかった。秋田県出身なので、とても身近な話に感じた。

ゼミでこの本を紹介した時に、先生に、「よその人が、集落に住んだことのない人が話しているんだろ」と否定的な意見を言われたけど、集落に入っていっている人がいると知れてよかった。


タイトルを見たときは、ネガティブなイメージでしたが、参加して話を聞いてみると、積極的な撤退という新しい選択も必要だと思いました。

仕事上、活性化という面だけで地域に入ることばかりなのですが、集落によっては撤退という考え方も必要、それを診断する集落診断士にも興味を持ちました。


「撤退の農村計画」という言葉はセンセーショナルで、当該分野に対する問題意識を広める事には大きく寄与すると思う。しかし、本日メンバーの方々の話を聞いて思った事は、皆さんの思いとしても、撤退が全てではなく、むしろ問題とされている事は「衰退農村の将来計画」と言った方が妥当なのではないか。「撤退」という言葉は強く世論に影響する可能性があり、そうした意味で功罪両方のある書籍ではないかという印象を受けた。


「撤退の農村計画」のインパクトに惹かれ、興味深く聞かせて頂きました。
終始、地理学の分野にいる立場の者として、実際にどう支援できるだろう? という視点で考えていたのですが、地域(村落)に対する診断の材料になるノウハウ(例:GISと地域調査よる診断)は蓄積されているので、少なくとも物理的な環境の診断については支援可能だろうかと感じました。一方で、「社会貢献に乏しい学問」と言われてもいるので、人材育成の場があれば、地理学の人間をうまく送り込んだりすることはできないかな? と考えてみました。個人的には「勇気ある撤退」は必要だと思いますが、山崎さんのおっしゃっていた「文化や芸能のアーカイブはどうするの?」といった点に関心をもちました。「そこでしかできないもの」をいかなる形で残していくか。撤退をしたとしても、集落があった場所は風化しながらも残り続けていく。移転した住民とともに、どう継承、保存させていくか。移転先の地域デザインにも反映させる方法を模索する考え方もアリなのかと思います。


農村集落の撤退−活性化が叫ばれている中で、集落を維持できるかとなると、どうしても仕事との関わりを考えざるを得ないので、困難なコーディネートであることを感じています。

ワークショップなどで積み重ねによって充実して行くように、その後の観察と目標や、社会情勢の変化に応じた対応や先を読めるような方針、方策も導き方が難しいと思います。

以上、ありがとうございました。(まとめ:編集N)